28『月落ちる森の狼』
――――『月落ちる森の狼』
むかしむかし、この世界には金と銀の二つの月がありました。
銀の月の女神ルーネは、狩人を守護する善き女神でしたが、満月の夜になると人々の前から姿を隠してしまいます。
ルーネは満月の光を浴びると、銀色の狼に姿を変えてしまう呪いをかけられていたのでした。
ある満月の夜、ルーネの美しい銀色の毛皮を狙って、狩人たちがルーネに毒の矢を撃ちました。ルーネは悲しみ、苦しみもがき、人を喰らう魔獣が棲むという森に逃げ込みました。
森の中で毒に倒れたルーネを、ひとりの美しい青年が助けました。青年は森の奥深くに住み、動物たちと言葉を交わす医者でした。心優しい彼は傷付いたルーネを連れて帰り、怪我の手当てをしました。
ルーネが彼と暮らすようになってから、空から銀の月が消えてしまいました。神様たちは驚き慌てて、ルーネを探しましたが見つかりません。
それもそのはず、ルーネは神様も恐れる魔獣の棲む森に隠れていたのですから。
満月の度に狩人たちに追いかけられるよりも、優しい彼と過ごす方がルーネは幸せでした。
ところが、ルーネの幸せを良しとしないルーネのお姉さん女神ネフィスは、黒いヘビに化けて森に忍びこみ、ルーネにささやきました。
『この森に棲む魔獣は、とてもおそろしい。美しい人間の男に化けて油断させて、何人もの女の子を食べてしまった。おまえの怪我がいつまで経っても治らないのは、あの男が毒を飲ませているからだ。もし嘘だと思うのなら、こっそり薬を吐き出してみればいい』
ルーネはいつまで経っても怪我が治らないのはおかしいと思っていました。お姉さんの言葉に従って、彼が用意した薬を吐くと、みるみるうちに傷は塞がり、怪我が治りました。
ルーネはひどく悲しみました。優しいと思っていた彼が、人を食べる魔獣だったなんて。
ルーネは森を駆け抜けて、白いユリによく似た月光花の咲く丘にやってきました。そこで空に飛び立ち、森から逃げ出そうとしたのです。
ところが、月光花のつるが足にからまってうまく飛べません。追いかけてきた彼が月光花のロープでルーネをつかまえたのでした。
『愛おしいルーネ。なぜ私から逃げるのですか?』
『あなたは親切なふりをして、私に毒を飲ませて食べようとしたのでしょう?』
『私はあなたを食べたりなんてしません。どうか空に帰らないで、私のそばにいてください』
『おそろしい魔獣め! 姿をあらわせ!』
怒ったルーネが銀の弓に矢をつがえると、彼は観念して本当の姿をあらわしました。金色の光の中からあらわれたのは、大きな金色の狼でした。
『私は金の月と森の神セシェル。魔獣ではありません。誰も傷つけず、森の中でひとりで暮らしています』
金色の狼は涙をこぼしながらルーネにお願いします。
『みんな私を魔獣と呼び、怖がって逃げていきます。でもルーネは私と同じ狼だから、怖くないでしょう? どうか逃げないで。森で一緒に暮らしましょう』
ルーネはセシェルを愛し始めていました。ひとりぼっちのセシェルをかわいそうに思い、逃げるのをやめて、一緒に暮らすことにしました。
セシェルはルーネのために千の花を咲かせて、百の鳥たちを歌わせました。狩人からルーネを守り、とても大事にしました。
ところが、幸せそうなルーネを見て、意地悪で嫉妬深いネフィスはたいそう悔しがりました。
あろうことか、セシェルのお兄さんの太陽神クリアネルに、セシェルがルーネを閉じ込めていると告げ口したのです。
拐かされて閉じ込められたルーネを哀れに思ったクリアネルは、セシェルが眠っている隙に、ルーネを空に連れ戻してしまいました。
ルーネと離ればなれになったセシェルは悲しみました。
セシェルの悲しみで、世界中の植物が枯れてしまい、ついに生命の樹さえも枯れ始めてしまいました。生命の樹が枯れてしまえば、もう誰も生まれることができません。
見かねたルーネはセシェルのいる森に戻ることに決めました。銀の弓矢を楽器に作り変えて、空のやしろから飛び降りたのです。
そうして銀の月は森に落ちて、二度と空に上がらなくなりました。
深い森の奥で、金と銀の狼は今でも仲良く過ごしていることでしょう。
――――『シュセイル王国オクシタニア地方に伝わる神話より』
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