大雨と天の邪鬼な二人
光樹 晃(ミツキ コウ)
大雨と天の邪鬼な二人
「雨、凄いね……」
窓の外を目を細めて見つめながら、彼女が呟く。
彼女の言葉通り、窓の外ではまるでバケツをひっくり返したかのような猛烈な勢いで雨が降り続けていた。
「まだ当分、止みそうにはないな」
「そうだね……」
同じように外を眺めながら口にした俺の一言に、彼女……瑞穂が素っ気ない口調で返した。何気なく彼女へと視線を移せば、長いストレートの黒髪が濡れて艶やかに俺の目に吸い込まれて来る。
今の彼女は大雨に濡れた身体も拭かないまま、部屋の端っこに座っていた。俺の貸した瑞穂にはいささかサイズの余りすぎるワイシャツをだらしなく着て、ふてくされた子供のように身体を丸め膝を両腕で抱えた格好で。
「……また失恋か?」
「幸太って、昔から無神経だよねぇ……」
「今さらだろ、お互いに」
「ふふ、それもそっか」
微かに笑って言った俺に、瑞穂も微かに表情を緩めた小さな笑いを漏らす。そしてすぐに、再び顔を窓の方へと向けると、またぼんやりしたような気だるいような表情で雨を眺め始める。
俺も瑞穂も言葉を発する事はなく。ただ外のうなり声のような雨音と、洗面所に置かれた洗濯機の動く音だけが室内に流れていた。
「どうせまた何も動かないままの片想いなんだろ?」
「わかっててそれ聞く?」
「何か言わないと、ずっと黙ってるだろ」
「まぁ、ね……幸太の予想通り、ただ見つめてただけだよ」
瑞穂はいつもそうだ。些細なきっかけで好きになっても、会話の一つも交わさずただ相手を眺めるだけでその恋を終わらせる。
それだけならまだしも、失恋した際にはいつも自分を放り投げるような振る舞いをするから困りものだ。
今日もそうだった。梅雨時なのに加えて、大型の台風の接近で天候は荒れに荒れる中。不意に掛かってきた瑞穂からの電話からは、消え入りそうな彼女の声とそれを掻き消すかのような激しい雨の音。
それで察した俺が急いで瑞穂の元へと向かえば、案の定このどしゃ降りの中で傘も差さず、びしょ濡れで佇んだ彼女を見つけたのだった。
『あ、早かったね』
息を乱して駆け付けた俺に向かって、瑞穂は寂しそうな微笑みを浮かべながらそう言った。それもまたいつも通りの反応で、おかしな話だけどそれで俺は安堵するのだった。
そんないつも通りの彼女を連れて、俺は自分の部屋に帰ってきて。びしょ濡れの服を洗濯機に放り込んで、戻った室内でしていたのがさっきのやり取り。
「よく降るねー」
「警報も出てるくらいだからな」
「そうなの? もしかして私、ヤバかった?」
「危うく俺まで道連れになるぐらいには、な」
「あはは、そっかそっか。ごめんごめん」
少し皮肉を込めた俺の肯定に、悪びれた様子もなく笑って謝る瑞穂。とはいえ俺も、別に彼女を責める気持ちは無い。
厄介ではあるが彼女のそんな部分には慣れっこだし、それに付き合うのは趣味のようなものだった。報われないと分かりきった下心もありつつの、だったが。
「……なんで、かな?」
「そりゃ、自分から踏み込まなきゃ何も変わらないだろ」
「そうだよねぇ……お互いに」
「どの口で言うんだか」
ぼそり口にした瑞穂の言葉に、淡々と俺が答える。それに対し、彼女は頷きながら俺へチクリと胸に刺さる一言を返してくる。
「今夜、泊まってっていい?」
「こんな豪雨で女の子を放り出せる訳ないだろ」
「やった。いつもながら幸太は優しいねー」
「腐れ縁だろ、もう」
聞くまでもない彼女の問いに、ため息混じりに答えれば返ってきたのは茶化すような感謝の声。それへ俺からの憎まれ口が一つの、いつも通りの二人のやり取り。
「じゃー、今夜はぐっすり寝れそうだな」
「悲しい夢見て泣くなよ?」
「もー、そうやって意地悪言うんだから……夢、見る暇もないことしてくれたらいいのに」
「……ご飯、まだだろ。何か簡単なもの、作ってくるよ」
ほっぺたを膨らませ口を尖らせる彼女の、その後の小さな言葉に何も反応は見せず。俺は素っ気なく言って、台所へと立った。本当は聞こえてる。本当はわかってる。
瑞穂の虚しい恋愛が、何を求めて繰り返されているのかも。そしてそれに付き合いながら、臆病すぎて一歩を踏み出せない俺の不甲斐なさも。
「早くしてねー?」
「はいはい、わかってますよーっと」
それは料理に対してなのか、それとも臆病な俺への彼女なりの催促の言葉だったのか。俺もどちらとも取れる言葉で返事をする。
外からは相変わらずの激しい雨音が聴こえていた。これが晴れたら、彼女はこの部屋をまた出ていくだろう。
その時に俺が、彼女を出ていかせないように出来るだろうか?
そんな事を想いながら、料理を進めていくのだった。
大雨と天の邪鬼な二人 光樹 晃(ミツキ コウ) @cou-mitsuki
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