三題話集
結晶蜘蛛
『三題話1:死刑台スライダー』
『お題:たか、たいしょう、すべりだい』
楽しげな音楽が鳴り響く。
雲がぽつぽつと流れていく空は青く、容赦のない日光が降り注ぐ。
日に焼かれた肌からはじりじりと汗がにじみ出てくるが、この場所ではそれすらも楽しみの一つだ。
プールサイドでは二人の男女が歩いてる。
そばかすの浮いた女性に中睦ましく、男性がアイスを差し出し、女性がそれを売れ資源舐めていた。
しかし、それも長くは続かなかった。
ふと、男の視界にはらりと風になびいた黒髪が目に入ると、つい視線がそちらへと誘導されてしまった。
そこにいたのは綺麗な女性であった。
肉感的、ではなく、むしろ流麗な体型。
若干日焼けしているもののそれが彼女に健康的な美を付与していた。
勝気な顔が微笑んだ、と思ったところで、気分を害した彼女につねられ、そちらに視線を戻すのだった。
「ふふん……私の魅力が分かるなんて悪くないじゃない」
「いや、俺としてはあんまり気分よくなんだけど」
「妬いてるの? 光栄に思いなさい、注目を集める女の彼氏をしてるのよ」
「はいはい」
ぞんざいに対応していると黒髪の少女、
コンクリートと踵に挟まれ、思わず秋山は声を上げた。
その悲鳴を熱の入った様子で見降ろしていた。
「この
「あら、ほめたって何も出ないわ」
「……ッッ」
足の甲をさする秋山をよそに次はどの遊具で遊ぼうかと、桜は周囲を見つめ、やがて一つの遊具に目をつけた。
「あれなんて、どうかしら?」
「……――ッッ」
まずい、と秋山に戦慄が走る。
彼女が選んだ対象は高台スライダーであった。
高い塔に巻き付くように階段が供えられ、頂点部からおりた複雑な軌道を描く中を巨大な浮き輪に乗って滑っていく遊具である。
「ど、どうだろう。大分並んでいるようだけど?」
「あら、いいじゃない。私と一緒ならその時間も楽しいでしょ」
「そりゃもちろん、お前と一緒で楽しくない場所なんてないが」
見ると二人と同じようにカップル連れで並んでいる者たちや、親子らしき人物が列をなして順番を待っている。
しかし、時が懸念しているのはそこではない。
高台スライダーということが問題なのだ。
高台、高所。
そう、秋山は高いところが怖いのである。
あの高台スライダーは彼としては完全にアウトな高さであった。
これが建物の内部なら問題はないが、あれは外部に露出した遊具である。
そんな外と直結した高所から下を見ることを想像しただけでクラクラとしためまいを覚えそうである。
「ねぇ、どうしたの? 行くわよ」
桜が秋山の手をひっぱり、高台スライダーへといざなう。
秋山には高台スライダーが死刑台に見えた。
「なぁ、喉が渇かないか? 俺がおごるぞ?」
「あら、気が利くじゃない。あれを滑ったあとにいきましょう」
「いやいや、先にしようぜ、アイスとか食べたいなー」
「別にどっちでもいいじゃない、何か不都合があるの?」
「いや、それはないが……。そうだ、じゃあ、あっちの流れるプールはどうだ。あれもスライダーと同じく水の上を動く遊具だぜ」
「速度が違うじゃない。今は速さが欲しいのよ」
「むぅ、……なら、あっちの暗がりの洞窟とかどうだろうか。俺はラッキースケベがしたい」
「あら、欲望を口に出すのは感心ね。絶対やらないわ、残念だったわね」
「なら――」
「ねぇ、私と一緒にいるのが嫌なの?」
小首をかしげて、桜がすり寄る。
桜のほうが背が低いため、上目遣いに近い形となる。
丸い目と自身にあふれた勝気な目。しかし、いまは若干ながら不安な光が宿っていた。
「もし、私と一緒にいる時間が退屈に感じるなら言ってちょうだい。それとも、乗りたくない理由があるの?」
小鳥が鳴くような声には困惑の響きがあった。
「さっきからあからさまに乗りたくない風じゃない」
「違う。桜は悪くないんだ」
彼女に不安気な感情を抱かせたことに罪悪感を感じ、目をそらす秋山。
高所恐怖症というのもある。あのような高いところに足を踏み入れたくはない。
「実は俺、高いところが苦手なんだ。だから、あんな所には昇りたくないんだよ」
そしてそれ以上に、高所恐怖症であることを知られるのが恥ずかしかったのだ。
もし、知られてしまって『あら、そんなことが怖かったのかしら。ふふ、可愛いこと。普段あーんなに怖いものなんてないっていってるのに意外なものが怖いのね』とくすくすと笑われたら恥ずかしさのあまり、プールの中に飛び込んでしまいそうだった。
「あら、そうだったの。ふふ、笑わないわよ。誰にだって怖いことがはあるもの」
「……お前にもあるのか?」
勝気で自信家。
強気でやられたら倍返しをするような剛毅な少女である。
彼女にそんな怖いものがあるとは秋山は思わなかった。
「ええ、何だと思う?」
「……虫か……?」
「馬鹿ね。あなたに嫌われる事よ」
秋山が思わず顔をそらしてしまった。
眩しい笑顔で真っすぐに言われた言葉に赤くなった顔を見られたくないからだ。
どきどきと心臓が高鳴る。桜にその心音が聞こえてないかが、心配だった。
「ふふ、どうしたのかしらー?」
頬を染めながら、しゃがみこんだ秋山の背をつんつんとつつく桜。
「う、うるさいなぁ」
「ふふ、さぁ、立って」
桜が差し伸べた手を取る秋山。
その手が柔らかくて、
「じゃ、高台スライダーに行こうかしら」
「はぁ!?」
「だって……あなたのそんな顔をずっと見てられるなんて最高じゃない」
しまった、この女、
「それとも、ダメ?」
秋山の腕に抱き着くようにして顔を見上げる桜。
僅かに腕に感じる柔らかな感触。
困ったように潤む瞳に秋山は耐えられなくなり、
「ああもう! くそっ、行ってやるよ! 登ればいいんだろ!」
「――そういうところが好きよ、時」
くすくすと笑う桜、最悪の殺し文句だ、と悪態をつきながら、秋山は
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