FileNo.8 プリディクション - 25

 傍の神官は、そう怪しく笑った。あたしにはそれが不思議でならなかった。夕闇を塗り替えるような先生の耀かがやきも、そこから漏れ出す凍り付くような強風も――それらを目の当たりにしながら、隣の女性はなおも笑っている。


「けれど、お忘れですか? あなたのその術……どうやら、数時間前よりも数段階、強力なものを放つつもりのご様子。ですが――」




『自分に向けられた攻撃の数々をいなし、放たれた魔力なり呪力なりをき集め、カウンターとして利用する――』




「――ヴードゥーはアニミズムを根底にした教え。わたしは、大気中に無数に存在する、小さな精霊たちの力を借りることが出来ます。ゆえに、あなたがわたしに傷をつけたことは一度も無く――また、それだけの力、跳ね返されれば命に関わりましょう」


「跳ね返せること前提に考えてんじゃねーよ……!」


「跳ね返せないとお考えなのですね? 試してみるのも良いでしょう。わたしは、それを止めはしませ」


 ん、という声は聞こえなかった。それほどに突然だった。そして刹那せつな的だった。


 先生は爆轟ばくごうのような音と共に、跳んだ。


 掻き消えた体躯たいくが瞬時にあたしの――いや、あたしのすぐ傍の神官へと詰め寄り、大きく腕を振り上げる。


 振り。


「仕方――」


 下ろした。


「――ありませんね」


 妖しく神官が呟いた。再び雷轟らいごうが周囲の夕闇を斬り裂いて――その中で、あたしは見た。


 先生の放った雷槌いかづちのような一撃の全てが、神官の周囲の大気に吸い込まれたところを。


 あたしの眼前の大気が、星空のように、スパークのようにきらめいたところを。


 そして。


 そのかがやきの全てが一筋のやりと化して、宙をく先生の体躯たいくを貫――。


「勘違いすんなよ」


 ――あたしは聞いた。


 時の狭間はざまで。


 青白く輝く槍が振り下ろされる直前の、コンマ数秒という圧縮された時間の渦中で。


「カウンター狙いは――」


 先生が、強く、雄々おおしく。


「――お前の専売特許じゃねえ!」


 笑う声を。




『あたしは呪具使いだ。お前みたいな呪いの掛かったモノの扱いにゃあ慣れてる』




 そうだ、そうだ、そうだ! あたしは思い出していた。先生は呪いの力を操作する除霊師なのだ。だから。


 例え相手に集められた力だろうと、それを逆利用できないわけがない!


「栄絵!!」


 輝きの最中、先生はあたしの名前を叫んだ。叫びながら宙で体を猛然もうぜんひねり、光の槍の石突いしづき部分を――神官が作り上げた呪いの力の集大成を、自身のかかとで猛然と蹴り出した。


 時が、加速していく。




『――栄絵。そんでもって、もう一つ頼ませてくれ』


『それは分かりました、引き受けます! だけど――』




 ――こんなタイミングで!?




 あたしは叫びたかった。無茶だ、無茶だ、無茶だ! こんな激しい光の中で、こんな一瞬の戦いの中で、よりによってどうしてあたしが――だけど弱音を吐く胸中とは裏腹に、あたしの体は忠実に、先生に告げられた『頼み』を実行していた。


 その時の自分の状況は、ハッキリ言って今でもよく分かっていない。


 無我夢中で何も考えていなかった? そうかもしれない。


 ただ、あたしはずっと、どんな事件でも、雷瑚らいこ先生が居れば大丈夫だろうと思っていた。先生は強いし、いつかのようにあたしを暗闇からすくい上げてくれる――そう考えていた。


 だけど、違った。あたしはこの日、そうではないことを思い知ったのだ。先生であろうと真っ向勝負では勝てない、届かない存在が、この世界には存在しているということを、眼前で嫌というほど認識させられたのだ。


 だから、だったんだと思う。あたしの体は、あたしが思う以上に、迅速じんそくに正確に動いていた。




 ――先生を、助けるために。




 渡されていたてのひら大の包みを取り出す。強引に破く。こぼれ落ちそうになる『それ』を、眼前の神官へと押し当てる。


 『それ』とは。


 真っ黒な――黒い絵の具で塗りつぶされている、一枚の絵の切れ端。




『坂田先生、それは?』


『曰くつきの絵の欠片。触れた人を中に閉じ込めちゃう呪詛じゅそが込められてる』




 あたしはどこにでも居る高校二年生だった。ただ少しだけ「どこにでも居る」から離れた経験を持ってもいた。『とある霊にかれた』という、微妙に不名誉な経験。あたしがその時、その瞬間に思い出していたのは、その経験の時に坂田先生から聞いた、とある呪具についての説明だった。そして、その『とある呪具』を押し当てられた瞬間。


 眼前の神官は初めて、驚愕きょうがくした素振りを見せた。そして、あたしを振り解こうとした。


 だけど。


「覚悟は出来てるか、クソ魔術師」


 その時には。


寝惚ねぼけてんじゃねーぞ。お前の相手は最初っから最期まで――!!」


 あたしだ、と先生が叫んだのと。


 体をじり、先生が光の槍を相手へ押し込むように蹴りこんだのと。


 呪具に吸い込まれかけ、硬直した神官が、光の槍を頭部に撃ち込まれたのと。








 ――すべては同時で、一瞬の出来事だった。








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