FileNo.8 プリディクション - 24

「……話を戻すぜ。お前らが攻められてる立場にあるのは間違いねえ。あたしは侵入者迎撃用と思しき魔術装置をぶち壊したわけだし、お前らはその侵入者迎撃装置で『誰か』を狙い続けてる」


 ――きっと坂田先生のことだ。えてぼかして言ってるんだ――あたしは胸中で呟いた。


「そんな中、逃げるでもなくお前はわざわざこっちへ出張でばってきた。考えられる理由は二つ。一つ、その主は防衛主体のお前を出張らせても大丈夫なだけの自信がある。……で、もう一つ」


「『わたしは従者じゅうしゃでは無い』……とでも?」


 ……遠くで、ヘリコプターのプロペラ音がかすかに聞こえる。上空から見ると、この光景は一体どんなものに受け取られるのだろう。


 夕暮れの、ボロボロにくだけた屋根瓦の散乱する、幾つもの家屋がほぼ隙間すきまなく連なる屋根の上。そこで対峙たいじする小綺麗な黒人女性と、ボロボロの白衣を着た先生。異様な光景であることは……間違いないだろう。


「少なくとも、お前こそが各種魔術装置を動かす中心人物の筈だ。魔術装置の仕組みから逆算すると、そう考えるのが一番妥当だしな」


「仕組み、でございますか」


「お前、ヴードゥーの神官なんだろ?」


 ……ヴ―ドゥー。聞こえたキーワードに、あたしは顔をせたまま、頼りない記憶を思い出す。


 確か、アフリカかどこかで信仰しんこうされてる宗教じゃなかっただろうか。黒人の神官が祭りか何かで踊っている姿を、テレビだったかネットだったかで目にした覚えがある。


「ヴードゥーでは人間の霊魂れいこんを、いくつかの要素で構成される存在として定義する。そしてその内の一部を操作することで、神官は病気の治癒ちゆや犯罪者への刑罰けいばつを行う。有名なのが『ゾンビ』だな。魂の内、自我に当たる部分を操作することによって人間を奴隷どれいとして扱う術――お前はこれを応用して、この街で分割式の呪術を展開した。


 まず、特製のウィジャ盤で遊んだ人間の魂を『把握』する。そう、『把握』だ。プランシェットの奴にはマーキングって言ったが、こっちの方がより実態に即してる。ウィジャ盤を介して送った呪力で、お前はその人間の魂の特徴を把握し、識別できるようになるんだ。ここでの狙いはあくまで識別までだから、後で除霊師がウィジャ盤の利用者をても、何かに呪われてるような痕跡こんせきは一切見当たらない。


 そしてヴードゥーの神官であるお前は、世界を構成する無数の霊的存在を知覚できる。人間の魂も含めた個々の識別には距離的な制約もつくだろうが、少なくともお前は、この街全体くらいであれば識別が可能な筈だ」




『この町にゃ、最寄り駅に帰ってくる度、空に持ち物をブン投げる風習でもあるのか?』




「ここまでが分割式呪術の第一段階。そして第二段階――恐らくは何らかの魔術装置の発動をきっかけに、その内容に応じて識別済みの魂を呪力で操作し、人々に特定の動作を強制する。今回は『投擲とうてき可能な物体を宙に投擲する』ってところか。


 ああそうそう。前に会った時、あたしはお前が『邪視じゃし』を使うって言ったな。いま思えば、ありゃ大いなる勘違いだった。お前は邪視で誰かを操ってたんじゃない。直接目が合った人間の、その魂を把握して、手駒を増やそうとしてたんだ。恐らく、第二段階の魔術装置を使って危害を加えようとした人物が、予想以上にしぶとかったんじゃねえか? ウィジャ盤で遊ぶ奴の数なんてたかが知れてるだろうからな。だからお前は遥のような認識済みの貴重な手駒を傷つけることは出来なかったし、わざわざ街を彷徨さまようなんつう苦肉の策も実行せざるを得なかった」


「ご慧眼けいがん、感服します」


 傍の魔術師――神官って呼ぶべきなのかな――が、どうやらしずしずと頭を下げたようだった。先生は舌打ちをする。実に腹立たしい、といった調子で。


「気に入らねーな、あっさり認めやがって。魂の識別情報なんてのは、曖昧あいまいで感覚的なものの筈だ。複数人で共有できるような代物じゃねえ。つまりこの術の行使者はお前独りで、お前を無力化できれば魔術装置は実質停止する。すべての権限がお前にあるわけだ。そこまで認めちまってるくせに、それでも自分は従者でしか無いってか?」


「有り得ないことではないと思いますが」


「そうかね。だがあたしには、お前が『主』と表現する奴と、他ならないお前自身が、どこまでも対等な関係だと考えた方がしっくりくるぜ。で、もしそうだとした場合……お前は自分の所業をすべて、『主』の責任だ、っつってなすり付けてるように思える」


 気に入らねーな、と先生は改めて吐き捨てた。その時。


 顔を伏せたまま、何とか目線を上げて前方を視野に入れようとしていたあたしの前に、一筋の青紫色の耀きが走った。


「気に入らねーよマジで。お前のその『わたしに罪は御座ございません』ってな調子が、どうしようもなく気に入らねー。


 一応教えてやるけどな、この国の刑法じゃあ、幇助ほうじょ犯も立派な犯罪者だ。自覚しろよ。お前は手当たり次第に他者を操って罪を犯させようとする、ドブネズミよりも薄汚い魂の持ち主だ」


 それはあたしにとって、何らかの前兆に思えた。


 感情を抑えるようにつらつらと――しかし強い口調で先生は神官に言葉を投げ続ける。それと同時に、あたしの視野で、二度、三度と、線香花火の火花のように、細かな輝きが走っていく。


 何をしてるんだろう、とあたしは思った。先生は間違いなく重傷な筈だ。多分、もうまともに動くのも難しい筈。だけどこの輝きはきっと、先生が『何か』をしようとしている、その前兆に間違いない。


「あなたは」


 そんな、先生に対し。


「どこまでも、純粋な方なのですね。操る力こそ、怨嗟えんさまみれた暗いものではありますが」


 傍の神官は、どこまでも美しく、整った――無感情な声で告げる。


「その実、何よりも善をたっとび、悪を憎んでいる。……嗚呼ああ、実に興味深いことです。その、純粋で残酷ざんこくな、子供のような価値観も――わたしの目を通してさえも把握できない、特異な魂の性質も。何もかもすべて――」


 興味深い、と吐息といきと混ざる程にやわく、蠱惑こわく的に神官が漏らした、その直後だった。


 雷轟らいごうが、夜のせまる世界に響き渡った。


「もういい。分かった」


 強い、何もかもを吹き飛ばすような風が前方から吹きすさぶ。あたしは思わず視線を上げていた。そしてそれはきっと、隣の神官も同様だった筈だ。


「お前も魔術装置の防衛システムたちと同じだ。自分をかえりみるつもりなんざ微塵みじんも無え。だからもういい。お前と話すのは時間の無駄だ」


 先生は――白衣をはためかせ、両手の指の間に古びたお守りをぎっちりとはさみこみながら――低く低く、まるでひょうのように頭を低くして、こちらを――あたしの傍の神官をにらんでいた。その周囲と四肢ししには青紫色の耀かがやきが無数に入り乱れ、こごえるような冷たい風がこちらに押し寄せてくる。瞳には煌々こうこうと青白い輝きがみなぎり、その様は。


「まるで、雷獣のよう」

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