FileNo.8 プリディクション - 19
ビシ、と前方の少女の足元にあった
肌が、痛い。目に見えない
「そうか。
また、少女の近くの瓦が一枚、音を立てて割れる。プランシェット群はぐるぐると回り続ける。宙を、海中のように。
「邪悪?」
「首傾げてんじゃねーよ白々しい。あたしがこれまで見てきた中でも、お前らのやってることは相当タチ悪い部類に入るぞ。よくもまぁ考え付いたもんだ、って一周回って感心しちまうくらいにな。
除霊師ですら感知出来ない形でのマーキング、そしてマーキングした人間への更なる魔術行使――この二段階を経て、お前らはマーキングした人間を人形のように操り、殺人すら実行させることが出来る。うまくハメれば、自分は一歩も動かずに気に入らねえ奴をぶち殺せたりも出来るワケだ」
あたしは半分置いてけぼりだった。先生が言っていることの
抱えられながら、後で
だけど。
『わたし、人を殺してしまうかも知れません』
分かることもある。
「先生。つまり――」
「遥に
ありゃあながち馬鹿にしたもんでも無くてな。魔術や呪術には対象者にそういったストレスを
で、こいつらはそれを遥に――いや、遥だけじゃねえか。大勢の人間に似たようなことをして――操って、時には罪まで犯させてるんだろう。
……ああ胸糞悪ぃな。罪の強制――」
先生が小さく息を吐いた瞬間だった。
正面の瓦屋根が
少女の眼前に巡っていたプランシェット群。それらが。
消えた。
「あたしは邪悪なんかじゃない」
少女が呟くように言った。彼女は右手を真っ直ぐこちらへ向けていた。夕陽を背にする小柄なその体躯は、真っ黒に
風が強く鳴く。
少女が、差し出した右手をグッと握る。
次の瞬間。
「だってあたしたち、ただ遊んでるだけだもん」
先生は強く屋根を蹴り飛ばし、宙へ跳んだ。あたしを抱えたまま。直後、先生が蹴り飛ばした家屋の屋根が、破壊音と共に大きく
空気が大爆音を立てて
「
宙で、先生は冷静に呟いた。その言葉の通り、先ほどまで魚群のように宙を泳いでいたプランシェット達が今は
「あ、あれも魔法ですか!?」
「魔法っつうとちょっと
互いに固定し合い、一本の縄と化したプランシェットの鞭が宙に踊り出た。そして荒れ狂う蛇のように、夕陽の大気を縦横無尽に跳ね回る。生み出された突風は周囲の家々の瓦を吹き飛ばし、鞭の衝撃は四方八方の屋根を打ち砕いた。周囲は破壊の音で満ち満ちて、あたしはそれを先生の腕の中で見つめていた。真っ黒な暴風を見つめるしかなかった。
「あたしたちを悪者扱いする大人はね」
プランシェットの鞭がしなり、大気を斬り裂いてくる。先生を追って。あたしは叫んだ。屋根すらバターのように抉るそれが先生の体躯を捉えたら――!
「みんな
「なんだ、鞭打ちじゃねーのか」
「先生ッ!!」
あたしは見た。平然と言い放った先生の眼前に
撃とうとした。
けれど。
「む――!」
先生は踊る鞭の先端を、片手でガシリと掴んだ。
「鞭って掴めるものです!?」
「掴めるの、へえ凄い! だけど――!」
それがどうしたの、と少女はけたたましく笑った。それは壊れた
「無意ミ――」
少女が悪意を
紫色の雷が、夕陽射す中空を
「え」
呟いたのは少女だったか、あたしだったか、両方だったか。どれにせよ間違いのないことが一つ。
先生の
「え」
「悪いな。あたしは呪具使いだ。お前みたいな呪いの掛かったモノの扱いにゃあ慣れてる。呪具を伝って攻撃を
先生が崩れそうな屋根へと軽やかに降り立つのと、雷で焼け
「まぁ通じないだろうが。もう一回だけ言っておくぜ。
お前らは邪悪だ。その中でも、お前が防衛システムとして配備されたウィジャ盤の術は、
何も知らない人間を一方的に巻き込み、最終的には罪までなすり付ける。……なんだっけ、『遊んでるだけ』?」
「そう、よ。そう。あたしたち、遊んでる、だけ。悪くなんて、ない」
悪いのは――そう、少女は焼け焦げた体で呟いた。
悪いのは?――そう、先生は冷たい目で少女を見下ろし、尋ねた。
「遊ばれる方――!」
「
少女の体は灰と化した。
「……ふぅ」
最期を見届けて
「先生……」
「ああ、怖い目に合わせて悪かったな栄絵。だが混乱で暴れたりしなくてくれて助かったよ。よく落ち着いて居られたもんだ」
先生はそう言うが、意図せず守ってもらうことになっている時点で、あたしは先生にとって大きな重荷だ。今も普通に抱きかかえられているけれど、そんな中での立ち回りなど怪我が悪化する一方に違いない。……だけど、そう言って「下ろしてくれ」と頼んでも、先生は首を縦に振らなかった。
「まだ何があるか分からねーからな。あいつのところに辿り着く直前までは、済まねえがこの体勢で進ませてくれ」
「でも――」
「なに、それなりに鍛えてるからな。大丈夫さ。……それより」
そう言うと、先生は少し押し黙った。
「縄……遊び……強制……」
「ど……どうかしました?」
不安に思ったあたしが尋ねると、先生は「いや」とわざわざ口に出して答えてくれた。そして、少し頭を振る。
「大昔にあった
「さて。それはどうでしょうか」
――不意に。あまりにも不意に、夕暮れの高い空に、高い声が響いた。
先生が弾けるように正面を向き、あたしの体を――目を
正面前方――十数メートルほど先の家屋の上。そこに。
一人の女性が静かに、石像のように
「ロア――!」
「ご機嫌よう、除霊師の方」
――どこか不気味なほどに澄み切った、高い、美しい声だった。
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