FileNo.7 コーダー - 01

「入れねえ」


 部下である雷瑚晶穂らいこしょうほが、信じられない、といった表情で呟いた。それを聞き、碓井磐鷲うすいばんしゅうはサングラス越しに、実に一般的なフローリングのリビングと、自身と晶穂が立つ廊下の間、境界のように垂れ下がった暖簾のれんにらむ。


「参ったな」


 単純な任務であってほしい――ささやかな願いは、どうやら叶わなかったらしい。いや、叶わないような相手だからこそ、自分は彼女らのことを託された、と言うべきか。


 任務内容――ターゲットから、用意した書面に血判を貰うこと。


 障害――ターゲットの住居、本人の居るリビングに入れないこと。


「『開いているのに入れない部屋』か」


 厄介なことを、と、磐鷲ばんしゅうは胸中で呟く。そんな彼の隣で、ポツリと晶穂が呟いた。


「引きこもるのに最適だな」


 ……引き籠るなら、ドアは閉まっていたほうが都合が良いのでは。そう返してやろうかと晶穂を見つめていると、相手は豊かな髪を片手でボリボリと掻いて、実に鬱陶うっとうしそうに言った。


「あーへいへい、悪かったよボス、真面目にやるっての」




 ――とがめようとしたわけではないんだが。




 晶穂の態度に一抹の寂しさを覚えつつ、磐鷲は改めて暖簾の向こうへ目を向ける。


 この術を仕掛けたであろうターゲット――パイロキネシスト・青樹涼の母親である『青樹まどか』を睨むように。

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