FileNo.5 ブリッジ - 01

「この橋を通りたくば」




 ――うわぁ。やだなぁ。




 仕事場からの帰り道、道路の真ん中で佇んでいた人影がそんなことを大声で言って、俺は顔を引きつらせながら足を止めた。


 既に空は真っ暗だった。最寄り駅から徒歩十分の距離にある自宅へ辿り着くには、人がギリギリすれ違える、ということだけが唯一にして無二の機能である古いコンクリートの橋――まさに昭和の遺産――を渡って、ギリギリ一台分の車が通れる幅の、この川沿いの道路を行くのが最短距離だ。だが、近くにあるのは中途半端に古い工場くらいということもあり、電灯と電灯の間が異様に長い。自然、その途中には、真っ暗な空間が出来上がる。


 人影が居たのは、その道の真ん中だった。声色だけでなく、身長やガタイから見ても男であることは歴然としている。まるでラグビー部出身と言わんばかりの、二メートル近い巨躯で、人影は俺の自宅への帰り道、真っ黒な道路に立ちはだかっていた。




 ――遠回りしよう。




 果たして、橋でも無い場所を橋と告げ、真っ黒な道で仁王立ちしている謎のラグビー部員に関わりたい奴が、この世にどれだけ居るだろう。相手は不審者以外の何物でも無く、更に厄介なことに俺よりも一回りは大きい。無視して横をすり抜けようとして失敗し、掴まれ、因縁を付けられ、ボコられ、現金を奪われる――そうならないように逃げるのは、現代人として至極当然、賢明かつ簡潔な結論と言える。


 俺はくるりと踵を返し、加えて走った。追いかけられたら厄介――というより本気で怖い。俺はスーツのポケットに入れたスマートフォンを握り、いつでも百十番に掛けられるよう、懐で指紋認証によるロック解除を素早く実行した。駆けながらの迅速な対応を誰か褒めて欲しい。欲しかった。なのに。


「――通りたくば、置いていけ」


 ドン、と、何かに思い切りぶつかり、俺はスマートフォンを道に落とした。尻餅しりもちをつき、衝撃に思わず苦悶くもんを漏らしながら、ぶつかったへ視線を向ける。


 ひゅん、と、一つの風音が真っ暗な道路に響いた。

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