FileNo.4 フラワー - 09

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 夕陽にかげりが混ざり始めた。近くの地面に寝かせた女子生徒から、安らかな寝息が放たれているのを横目で見てから、雷瑚晶穂らいこしょうほはゆっくりと正面の少女へ歩く。


 少女は灰となって崩れ落ち、風によってさらわれていく悪意の名残を、ふくれっ面で眺めていた。それから、思い出したように、スカートのポケットから手鏡を取り出し、入念に自身の姿をチェックし始める。


「なにしてんだ?」


「焦げ目が無いか見てるの! ママに買ってもらった大切なお洋服だもん」


「焦げ跡は無えが、すっげー焦げ臭えな」


「悪かったわね! ふん、何よ、殆ど何もしなかったくせに!」


 不満げに言って、涼は次に、もう片方のポケットから小瓶を取り出した。彼女は手袋を外し、両手首と頭上へと軽く、小瓶の中身――香水らしい――を吹き付ける。用意の良いこって、と、晶穂は溜息混じりに言った。


「青樹涼」


「何!」


「悪かった」


「……なにが」


 晶穂はじっと少女を見つめた。ふくれっ面だった涼は、視線を受けて……暫くして、目線を逸らす。


 賢い奴だ、と、晶穂は胸中で思った。粗雑で大雑把で堪え性の無い言動が目立つが、その実、他者の想いを汲み取ることを忘れない。


「……別に。悪い奴だったんだし。燃やせるあたしが燃やした、でいいじゃない」


「それでも、本当はあたしら大人が何とかすべきだった。勿論、お前が魔術装置までぶっ壊してくれたお陰で、これ以上の犠牲が出ることは無くなった。そこはお前自身が誇っていい。だが」


「だから、わたしは別に――!」


「友達を倒すのは、辛かったよな。すまねえ」


 晶穂がポンポンと頭へ手を置いてやると、涼は言葉を切った。ぎゅっと手を握り締めて、視線を伏せている。


「だが、もう一度言うぞ。絶対にもう、自分から罠に跳び込むような真似はするな。あんなんじゃあ、命が幾つあっても足りねえ」


「……結局は全部燃やせたんだから、別にいいじゃない」


「良くねえ。ああいうのは、覚悟を決めた大人だけの特権だ」


「だけど!」


「分かったな!」


 強く言うと、涼はもごもごと口を動かし、やがて諦めたように「分かったわよ」と言った。……抵抗が少ないのは、『メアリー』を倒して、気が落ちている証拠だろう。


「ま……ひとまず、仕事自体は無事完了だ。行方不明の子を取り返し、おまけに悪意の塊みてーな罠まで破壊できた。お前がこういう現場に出張ってるって件は、また別の日に母親交えて話すとして――」


「終わってないわ」


「あ?」


「終わってない。……あの装置を創った奴は、まだ何処かに居るんでしょ?」


 涼はそういうと、晶穂を強い眼差しで見上げた。その真っ黒な瞳には。


 渦巻く炎のような、力強く――どこか破滅的なまでの輝きが漲っている。


「多分そいつ、まだ似たようなものをばら撒いてるわ。そんな気がする。だから」


「分かった分かった」


 晶穂は溜息をつき、もう一度、涼の頭をポンポンと叩いた。それから、空を見上げる。夕暮れから夜に転じようとしている、赤と黒の入り混じった空を。


「但し、やる時は、必ずあたしも一緒だ。これだけは譲れん。いいな?」


「え」


「何だ『え』って」


「だって」


 涼は実に不思議そうに言った。


「あんた、わたしより弱いじゃない。ついてくる意味ある?」


「お前、そのあたしより頭悪めじゃねーか。アホはすぐ死ぬぞ、この業界」


「何よそれ!!」


「事実だ。受け止めようぜ」


「違うもん! 絶対、わたしの方が強いもん!」


 強いもん、と再度叫ぶ涼を放って、晶穂は寝かせたままの女子生徒の元へときびすを返した。



【フラワー 完】

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