FileNo.4 フラワー - 07

「そうしましょう」


 閃光が周囲に満ちた。雷瑚らいこまとう輝きと似た――いや、同質の閃光が、夕暮れの校舎裏を、紫と白と黒が激しく点滅する異世界へと塗り潰していく。ぐにゃり、と、雷瑚の直上の空間が歪んだ。画用紙をくしゃくしゃにした時のような、乱雑な乱れ。それが、大気に現れている。同時に、ドン、という発射音。それは大気に現れた空間の歪みから雷轟らいごうの如く鳴り響き――そして、塗り潰された異世界の中で。


 雷瑚は一つの小さな人影を、その腕に受け止めた。


 雷瑚の足元が、重低音と共に窪む。


 サンダルを履いた彼女の足の爪先からは血が噴き出し、人影を受け止める彼女の腕からは骨の軋む音が、雷轟の隙間に割り込む。


 それらは全て一瞬、刹那せつなの出来事だった。雷瑚の検証が成功したのも、彼女が大地へ叩きつけられる女子生徒を全身全霊で受け止めようとしたのも。そして。


 私が、雷瑚の頭上へと跳び上がったのも。


「無理しないほうがいいと思います」


 私は笑った。笑いながら、空間の歪みを背に私は、宙空で雷瑚へと両腕を突き出す。


 再度、ドン、と、激しい衝撃音が、塗り潰された世界に木霊こだました。私が放った紫と白と黒のダウンバーストが、女子生徒を抱える雷瑚の体躯を容赦なく軋ませていく。相手は何も出来ない。何せ、彼女は女子生徒を受け止めるだけで手一杯だ。故に雷瑚は逃げることも出来ず、全身の骨は軋み、足元はみるみる内に凹み、砕けた。その中で。


「お前が」


 雷瑚は――脂汗まみれの顔で――私を見上げ。


 笑った。


「『花子さん』だな?」


「あら、やっぱりバレてたんですね」


 私も笑った。笑いながら、雷瑚を圧し潰そうと、更に強い力を放った。彼女のような邪魔者を排除するため、亜空間に溜めておいた予備エネルギー――それを、私は躊躇ちゅうちょなく吐き出していく。何故なら。


「私、何だかあなたがとても嫌い」


「正確には、魔術装置を護るための防衛システムか。なら、仕方ねえよな。ヘタクソな演技しか出来なくても――」


「早く潰れて――」


「――詰めが甘くても」


 雷瑚が呟くように言った直後、だった。


 私の後頭部を、強い衝撃が襲った。


「――あれ?」


 視界が、ぐにゃりと曲がる。衝撃に、全身から力が抜ける。何が何だか分からない。分からないけれど、抗えないことは分かった。


 私はそのまま、頭から猛スピードで大地へ墜ちた。反転する視界の中、雷瑚が飛び退くのが見える。殺し損ねた――そう脳裏に浮かんだ直後、私は乾いた大地に激突していた。


「ドローンが一つだけ、とは言ってなかっただろ?」


 ――ああ、つまり。


 動かない体に、指先に力を込めつつ――目の裏が真っ赤だ――私は固い大地の上でもがく。もがきながら、何が起きたのか、そのカラクリを理解する。


 一つ目のドローンで、雷瑚は女子生徒を亜空間から押し出し、受け止めた。


 そして、用意しておいたもう一つのドローンで、再び魔術装置を起動させ、押し込めたドローンを『私の頭の上に』吐き出させた。


「よし……気を失ってはいるが、命に別状は無えみたいだな。はー、あーもー体中痛ってぇ!」


 紫と白と黒の世界は、いつしか終わっていた。夕陽が血のように降り注ぎ、私の周囲を照らしている。そんな私のことなど視野にも入っていない様子で、軽く呟いている雷瑚を、私は心の底から恨めしく思った。忌まわしい女だ。ああ、ああ、ああ! 喩えようも無く忌まわしい! 可能なら、出逢った瞬間に戻って殺してやりたい!


 そうだ、そうすれば良かったのだ。私は一目見た時から、雷瑚を禍々しい存在と感じていた。今なら――私の頭を叩き割ったドローンの正体を把握した今なら、何故そう感じていたのか、手に取るように理解できる。


「あなた……」


 この女の、用いる力は。


「私と……同類じゃないの……!」


 涼ちゃんが見せた、輝くような――属性の無い破壊的な力ではなく。


 並の除霊師が用いるような、清らかな――溜め息が漏れるような美しい力でもない。


 雷瑚の――ドローンを媒介として私の頭を割り、私を大地に叩きつけた力は、紛れも無く――死や憎しみを源流とする、呪いの力だったのだ。


「お前、よくその状態で喋れるな」


 声が降ってくる。首を動かすことすら出来ない。雷瑚の言葉をそのまま受け取るなら、どうやら今の私は、頭を潰された羽虫のそれに近しいのだろう。


「言っておくが、あたしはそこまでするつもりは無かったんだぜ? 『連続発動で魔術装置をぶっ壊せないか』試してみたかっただけだ。大掛かりな装置だと、一定のインターバルが必要なケースはゴマンとあるからな。それをだなぁ、調子こいてあたしの真上からチョッカイ掛けようとするから」


「するから……なに……?」


 息を吐いて、それから、私は笑う。グラグラと頭が揺れる。それでも、ようやく砕けていた首の骨が戻り始めたようだ。そうだ。


 何をされようが、雷瑚が何をしようが、結局のところ、私を殺すことは出来ない。


 私は、魔術装置に組み込まれたメソッドの一つにしか過ぎない。そもそも生命が無いものを、殺すことは出来ない。


「それで……勝った、つもり……?」


「成る程、エネルギーが枯渇するまでは修復も可能、と。つくづく感心するぜ。あの魔術装置を創った奴は、相当の手練れだ」


「話が早くて……助かるわ」


 ゆっくりと、頭を持ち上げた。まだ少しグラグラするが、私はようやく、雷瑚を視界に収めることに成功する。


 雷瑚は両手をポケットに収め、じっとこちらを見据えていた。観察していた、と言うべきかもしれない。……要するに、一切の油断も隙が無い。


 つくづく忌々しい女だ。


 だけど、それでも、私を殺すことは出来ない!


「あなたの言ってたこと……大体当たってる。だけど……ならば分かるでしょう? この国に撒き散らした種を一つ一つ砕いていかない限り、装置の発動は防げない。あなたがどう思おうと、これからも子供は餌になり続ける。仮に頑張って装置を壊し切ったとしても、作成者の元へ――私を生み出した根の元へ辿り着くことは出来ない。分かるでしょう!? あなたじゃ、私を、殺せない!」


「……お前の傍にあるドローンな。、あたしの手元から遠隔爆破出来るんだ。結構な破壊力になる筈だが」


「おあいにくさま、それでも私はすぐに修復される! あなたじゃ私を――!」


「どうやら、使う必要も無いみてえだ。……一応聞くが、お前、覚悟は出来てるか?」


 えっ、と、私は声を漏らした。呆れたような雷瑚の言葉に、ではない。


 体の内側を焦がすような灼熱が、全身を走り抜けたからだ。


「なに、これ――」


 呟きと共に、私は口内から熱いものを吐いた。血――ではない。


 炎だ。

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