FileNo.4 フラワー - 07
「そうしましょう」
閃光が周囲に満ちた。
雷瑚は一つの小さな人影を、その腕に受け止めた。
雷瑚の足元が、重低音と共に窪む。
サンダルを履いた彼女の足の爪先からは血が噴き出し、人影を受け止める彼女の腕からは骨の軋む音が、雷轟の隙間に割り込む。
それらは全て一瞬、
私が、雷瑚の頭上へと跳び上がったのも。
「無理しないほうがいいと思います」
私は笑った。笑いながら、空間の歪みを背に私は、宙空で雷瑚へと両腕を突き出す。
再度、ドン、と、激しい衝撃音が、塗り潰された世界に
「お前が」
雷瑚は――脂汗まみれの顔で――私を見上げ。
笑った。
「『花子さん』だな?」
「あら、やっぱりバレてたんですね」
私も笑った。笑いながら、雷瑚を圧し潰そうと、更に強い力を放った。彼女のような邪魔者を排除するため、亜空間に溜めておいた予備エネルギー――それを、私は
「私、何だかあなたがとても嫌い」
「正確には、魔術装置を護るための防衛システムか。なら、仕方ねえよな。ヘタクソな演技しか出来なくても――」
「早く潰れて――」
「――詰めが甘くても」
雷瑚が呟くように言った直後、だった。
私の後頭部を、強い衝撃が襲った。
「――あれ?」
視界が、ぐにゃりと曲がる。衝撃に、全身から力が抜ける。何が何だか分からない。分からないけれど、抗えないことは分かった。
私はそのまま、頭から猛スピードで大地へ墜ちた。反転する視界の中、雷瑚が飛び退くのが見える。殺し損ねた――そう脳裏に浮かんだ直後、私は乾いた大地に激突していた。
「ドローンが一つだけ、とは言ってなかっただろ?」
――ああ、つまり。
動かない体に、指先に力を込めつつ――目の裏が真っ赤だ――私は固い大地の上でもがく。もがきながら、何が起きたのか、そのカラクリを理解する。
一つ目のドローンで、雷瑚は女子生徒を亜空間から押し出し、受け止めた。
そして、用意しておいたもう一つのドローンで、再び魔術装置を起動させ、押し込めたドローンを『私の頭の上に』吐き出させた。
「よし……気を失ってはいるが、命に別状は無えみたいだな。はー、あーもー体中痛ってぇ!」
紫と白と黒の世界は、いつしか終わっていた。夕陽が血のように降り注ぎ、私の周囲を照らしている。そんな私のことなど視野にも入っていない様子で、軽く呟いている雷瑚を、私は心の底から恨めしく思った。忌まわしい女だ。ああ、ああ、ああ! 喩えようも無く忌まわしい! 可能なら、出逢った瞬間に戻って殺してやりたい!
そうだ、そうすれば良かったのだ。私は一目見た時から、雷瑚を禍々しい存在と感じていた。今なら――私の頭を叩き割ったドローンの正体を把握した今なら、何故そう感じていたのか、手に取るように理解できる。
「あなた……」
この女の、用いる力は。
「私と……同類じゃないの……!」
涼ちゃんが見せた、輝くような――属性の無い破壊的な力ではなく。
並の除霊師が用いるような、清らかな――溜め息が漏れるような美しい力でもない。
雷瑚の――ドローンを媒介として私の頭を割り、私を大地に叩きつけた力は、紛れも無く――死や憎しみを源流とする、呪いの力だったのだ。
「お前、よくその状態で喋れるな」
声が降ってくる。首を動かすことすら出来ない。雷瑚の言葉をそのまま受け取るなら、どうやら今の私は、頭を潰された羽虫のそれに近しいのだろう。
「言っておくが、あたしはそこまでするつもりは無かったんだぜ? 『連続発動で魔術装置をぶっ壊せないか』試してみたかっただけだ。大掛かりな装置だと、一定のインターバルが必要なケースはゴマンとあるからな。それをだなぁ、調子こいてあたしの真上からチョッカイ掛けようとするから」
「するから……なに……?」
息を吐いて、それから、私は笑う。グラグラと頭が揺れる。それでも、ようやく砕けていた首の骨が戻り始めたようだ。そうだ。
何をされようが、雷瑚が何をしようが、結局のところ、私を殺すことは出来ない。
私は、魔術装置に組み込まれたメソッドの一つにしか過ぎない。そもそも生命が無いものを、殺すことは出来ない。
「それで……勝った、つもり……?」
「成る程、エネルギーが枯渇するまでは修復も可能、と。つくづく感心するぜ。あの魔術装置を創った奴は、相当の手練れだ」
「話が早くて……助かるわ」
ゆっくりと、頭を持ち上げた。まだ少しグラグラするが、私はようやく、雷瑚を視界に収めることに成功する。
雷瑚は両手をポケットに収め、じっとこちらを見据えていた。観察していた、と言うべきかもしれない。……要するに、一切の油断も隙が無い。
つくづく忌々しい女だ。
だけど、それでも、私を殺すことは出来ない!
「あなたの言ってたこと……大体当たってる。だけど……ならば分かるでしょう? この国に撒き散らした種を一つ一つ砕いていかない限り、装置の発動は防げない。あなたがどう思おうと、これからも子供は餌になり続ける。仮に頑張って装置を壊し切ったとしても、作成者の元へ――私を生み出した根の元へ辿り着くことは出来ない。分かるでしょう!? あなたじゃ、私を、殺せない!」
「……お前の傍にあるドローンな。、あたしの手元から遠隔爆破出来るんだ。結構な破壊力になる筈だが」
「おあいにくさま、それでも私はすぐに修復される! あなたじゃ私を――!」
「どうやら、使う必要も無いみてえだ。……一応聞くが、お前、覚悟は出来てるか?」
えっ、と、私は声を漏らした。呆れたような雷瑚の言葉に、ではない。
体の内側を焦がすような灼熱が、全身を走り抜けたからだ。
「なに、これ――」
呟きと共に、私は口内から熱いものを吐いた。血――ではない。
炎だ。
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