コードレス~対決除霊怪奇譚~

カント

FileNo.0 エンディング - 01

「ハッピーエンドとバッドエンド、どっちが多いと思う?」


 尋ねると、屋台の前に居たその女は、怪訝けげんそうに俺を見た。


 この蒸し暑い中、女はてのひらが隠れる程にそでの長い白衣を着ていた。一方、その下は素足にサンダル、ホットパンツにノースリーブのシャツと、涼しいのか暑苦しいのか実に曖昧あいまいな恰好をしている。腰まで届く長い髪は、金色。だが酷くボサボサで、美しさにそぐわぬ野暮ったさがある。


「何だって?」


 音頭調のアニメソングが遠く響く中、女は低い声で尋ね返した。その後方では大勢の近隣住民が行き交っているが、こちらに注意を向ける者は居ない。境内から離れた隅にひっそりと建つ、この怪しい屋台へ近寄る人間は、そう現れないのだ。


 類は友を呼ぶ、ということわざまさに金言だ。


 女のまとう空気は、ラフな格好とは裏腹に陰鬱いんうつそのものだ。


「なに、射的やくじ引きと似たようなもんさ。暖簾のれんに書いてあるだろ?」


「『噺屋はなしや』」


「そうそう。ここではね、おじさんが幾つか噺をする。で、ハッピーエンドとバッドエンド、どっちが多かったかを当てられたら豪華プレゼント。どうだい、面白そうだろ?」


 ふうん、と言って女は暖簾をくぐった。中は薄暗い。俺と客がそれぞれ座る長椅子、その間に長机があって、俺はその上に小道具を諸々もろもろせている。ランタン、蚊取り線香、昔懐かし紙芝居の額縁がくぶち等々などなど


「ようこそお嬢さん。久々のお客さんだ、ちょいとサービスしてしんぜよう」


「サービスねぇ」


 興味の薄そうな声色だが、長椅子には随分どっかと座っている。乗り気なのかそうでないのか……まぁいずれにせよ、座った時点で結果は決まったようなものだ。


「ほれ、水飴みずあめだ」


 棒の先端に真っ赤な球体――手渡す際に改めて女を見ると、化粧っ気の無い端正な顔立ちに輝く二つの瞳は海のように青かった。どうやらハーフのようだ。だが女は渡されたそれを横目で見るだけで、口を付ける様子は無い。俺は胸中で舌打ちした。


「それで」


 青い瞳で――しかし実に気怠けだるそうに――女は言った。


「噺ってのは幾つだ? あんまり長居は出来ねーんだが」


「そうかい。なら超短編コースで行こう」


 俺は小さく笑って、短い――実に短い幾つかの物語を紙芝居形式で語った。それは例えば、


 一度入ったら出られない森の物語であったり、


 生涯を呪われた霊能力者の物語であったり、


 かさを増す赤い湖の物語であったりした。


「――さて、噺は以上だ。な、短かっただろ?」


 ああ、と言って女は大きな欠伸をした。が、ムッとした俺に気付いたのか、次に女は笑った。


「怖い顔するなって。こちとら寝起きでな。噺がつまらなかったわけじゃねえよ」


 他者を安堵あんどさせるような、屈託の無い笑いだった。俺は違和感を覚えた。女の周囲には相変わらず陰鬱な空気が渦巻いている。にもかかわらず、何故こんな笑顔が出来る?


 ちらりと、女に手渡した水飴へ目を遣る。


 口を付けた形跡は、無い。


「それで、ハッピーとバッド、どっちが多いか、だったか? 答える前に幾つか聞きたいんだが」


「何だい?」


 女はぼりぼりと頭を掻いて、また一つ欠伸をした。


「正解したら豪華プレゼント。なら外れたら?」


 俺は声無く笑った。祭りの喧噪けんそうが遠い。人々の足音も、古臭いアニメソングも。


 湿気た大気に、蚊取り線香の煙が蛇のように蜷局とぐろを巻いている。


ろくなことにならないってか」


「賢いねえ」


「答えない、と言ったら?」


「答えるしかないのさ、お嬢さんは」


 なぁみんな、と言うと、大地が一斉にざわめいた。正確には、足元の大勢の仲間が、賛同するようにうごめいた。


 地を這う無数の蟲、蟲、蟲。それらは俺が物語る間に、女の足元にも蔓延はびこり、その足に張り付いている。


「趣味悪ぃなぁ」


 女は呆れたように言って、右手の水飴を見つめた。いや、水飴だったものを、だ。それは今や、球状にひしめく無数のうじへと変化していた。


「じゃ、最後の質問だ。


 人を呪わば――覚悟は出来てるな?」


 女が告げた、直後。


 どん、と低い炸裂音が響いた。


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