11.召喚者

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 それ以上の彼らからの干渉はなく、しかしケーナちゃんと会話を交わすこともなく彼女の自室に到着してしまった。

 正直、この後どんな話をされるのか不安でしょうがない。

 現在の時刻は夕方頃だろうか、カーテンの隙間から漏れる淡い橙の光が眼前でベッドに腰掛ける少女の顔に溢れ、嫌でもその顔からは葛藤というか、悲しみのようなものが感じられる。

 本人がそんな状態では先ほどの「契約を切れ」という言葉の説明を求めるのも憚られ、結果的に俺は彼女が話し始めるのを待つという立ち位置になる。


「……お話をする前に、少しお時間をください」


 そう言って俺の返事を待たずして彼女は昨日バスタオルを取りに行った扉へと入っていった。

 俺はその間一人ですることもなく、だからといって深刻な話だと予想できるのにおめおめと先ほど買ってもらった魔法書を読むわけにもいかず、手持ち無沙汰の状態で彼女を待った。

 一体どれだけの時間が経っていたのだろうか。

 かちゃりと扉の開く音が部屋に響き、そこからは先ほどと変わらない少女が現れた。

 いや、変わらないというのは語弊があるかもしれない。

 その面持ちはとうとう心の準備を整えた様子であり、彼女の中である一定の覚悟が決まったようだ。


「……、いつかはお話ししなくてはいけないと思っていたのですが、それがこんなに早いとは思いませんでした」


 いつもの彼女とは話出しも話し方も違っていて、先ほどから感じていた不安感がより大きなものとなったが、内容はまだ聞いていない。

 前向きなものだと信じて俺は続きを促した。


「あなたのような、人の形をした使い魔というのは特に珍しくはないんです。現に、私たちの中等サヴァクラスでは私を含めて二人、人型の使い魔を召喚しているんです」


 それはなんとなくわかる気がする。

 廊下を歩いていた時に俺たちのような、手の甲に同じ刻印を持った二人の男女を見かけたことがある。


「ただ、数十年に一度だけ、絶大な魔力を持った人型の使い魔が召喚されることがあるんです。その使い魔が現れるのでは、と予想されていたのが今年で、優等デサントクラスでは今年、優秀な使い魔は呼べても人型の使い魔は召喚されなかったらしいのです」

「なるほどな。だけど、それだと契約を断ち切れって彼らが言ってきた理由が読めないな」

「はい。先ほど言った絶大な魔力を持つ人型の使い魔、これを私たちは『勇者』と呼んでいるんですが、この『勇者』はこの世界に存在できる人数が限られているんです。一人死ねば一人召喚できるようになり、三人死ねば三人召喚できるようになる。こうやってこの世界に存在する勇者の人数は均衡を保っているのです」


 ……この話、だんだん読めてきたな。

 つまりは、俺がいなくなればそのデサントってとこの奴らが使い魔を召喚できるようになるって算段か。

 勿論そこで召喚されるのが人型であるとは限らないが、数打ちゃ当たるって戦法だろう。


「そして、本題のなぜ彼らが貴方と私の契約を切ろうとしていたか、ですが、本来なら先ほどの勇者というものは優等デサントクラスの方が召喚するんです。それが、今年はいない。それででしょうね。恐らくは他のクラスの魔導士が召喚した人型の使い魔との契約を片っ端から切って、自分たちが勇者を召喚しようとしているんでしょう」

「……だいたい事情はわかった。ただ、問題を避けるなら俺と契約を切ればいいんじゃないか?」

「そう思うのも最もです。ですが、主人との契約がない使い魔というのは長くても一月以内に死ぬか、大気中の魔力に変換されてしまんです」

「ということは、俺とケーナちゃんの契約が切れれば」

「はい、間違いなくサイエンさんはこの世界に存在を保つことができなくなってしまいます」


 こいつは困ったな。

 今回の問題を回避するためには俺とケーナちゃんの契約を切らなくてはならず、契約を切ると今度は俺が死ぬってわけか。

 随分と神様ってのは俺に無理難題を押し付けたいようだ。


「俺と契約を切らずに、その、デサントってとこの奴と穏便に解決する方法はないのか?」

「恐らく彼らは一度決めれば頑なに自分たちの意思を曲げないでしょう。穏便にすませるのは不可能、だと思います」

「なるほど……、ってことは、ケーナちゃんに危害が加わらないようにするにはやっぱり、俺が死ぬしかないのかね」


 わずか一週間にも満たない短い異世界生活だったが、いい経験にもなった。

 こんな経験、他の人間でも経験している奴は少ないだろう。

 なぜかラノベや漫画、アニメでは日本人ばかりが転生するが、日本を基準にしても全体の人口の一パーセントも経験していないはずだ。

 悔いがないかと言ったら嘘になるが、ケーナちゃんが傷つくなら俺が死んだほうがマシだしな。

 大丈夫、俺は死んだ後元の地球という場所に帰れる可能性だってあるんだから。


「その話なんですが、かなり可能性が低く、針に糸を通すよりも難しいですが、私たち二人で今後も今の生活を続けられる可能性があるんです」

「……それはかなり危険なんじゃないのか?」

「正直、これが失敗したら私は魔道士生命を絶たれ、サイエンさんは死んでしまうかもしれません。でも、私はサイエンさんの使い魔としての力を信用したいのです」


 流石に、ケーナちゃんにそこまでの危険を犯させるわけにはいかない。

 だが、ここまで信用してもらえているのにそれを拒絶したくないという気持ちもある。


「取り敢えず、作戦だけは聞かせてくれ」

「はい。それは、期日に彼らに対し決闘を挑むというものです」

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