06.目覚めよ

1


 翌朝。

 ブラック企業に勤めていたころの癖(ブラック企業に勤めていたことは憶えていたが、職種は憶えていない)なのか、俺はかなり暗いうちに目が覚めた。

 目が覚めると知らない布団と知らない部屋で焦ったが、数秒後に俺は異世界召喚されたんだと思い出す。


「俺、ほんとに異世界来ちゃってたんだなぁ」


 ふと、そんな言葉が出てきた。未練はないはずなのに、なぜか心の底につっかえたような違和感を感じながら、俺は寝惚け眼をこすって布団から出る。

 そっと窓の外を覗いてみれば、日が出た直後くらいだった。

 流石に使い魔の俺が主人をこんな早朝に起こすわけにもいかないし、初日の朝はケーナちゃんが起きるまで待つことにした。

 ……それにしても暇すぎる。

 何かできそうなことがないか探して、そして見つけた。

 魔法の練習なんていいんじゃないだろうか。

 コツとかは一切分からないが、とりあえず気合でなんとかしてみよう。

 呪文があったか思い出してみるが、ケーナちゃんの場合は特にそんなことしてなかった気がする。

 やってたことと言えば手を胸の前で組んでえいっ、くらいだったしな。

 とりあえず俺もケーナちゃんの真似をしてみる。


「……、えいっ!」


 ……、しばらく待ってみるが何も起こらない。

 あっ、これはケーナちゃんを馬鹿にしたわけじゃないよ?

 悪しからず。

 ……、気を取り直して。

 なぜ魔法が発動しなかったんだろうか。

 考えられる問題点として、俺の中では言い方がいけなかったかフォームが悪かったかの二択なんだが、他にもいろいろあるのかもな。

 ほら、よくラノベである、「ケーナちゃんは無詠唱で魔法が発動できる、通称すごいひとなのだ!」……、的な。

 とりあえず、もう一回ぐらいやっとこう。


「……、エイッ!」


 あっ、イントネーションミスった。

 やり直し。


「……、えいっ!」


 ん?

 指先が赤く光った気がする。

 もう一回やってみよう。


「……、えいっ!」


 ……、あれ? 出なくなった。

 もしかしたら気のせいだったのかもな。

 まあ、ド素人の俺が一人で勝手に試行錯誤しても大した進歩ないだろうし、これは今度魔法の得意そうな人に聞くとしよう。

 さて、そうすると本格的にやることがなくなってきたわけだが、何をするか。

 布団をたたむのは目が覚めてすぐ癖でやってしまった。

 しょうがない、掃除でもするか。


2


「ふぅ……」


 掃除を始めたはいいものの、床に物が散乱してるだとかはなく、掃き掃除も定期的にされているようで埃も少ししか見当たらなかった。結果的にあんまり掃除したって実感はないな。流石は女の子の部屋。

 ……まぁ、親戚の女の子の部屋は床にいろんなものが散乱してて足の踏み場が無いような感じだったけどね。

 あ、これディスりじゃないよ?


「んっ、ふぁー……。ふぅ」


 そんなこんなで時間をつぶしていたら、ベッドがごそごそと動き、ケーナちゃんが這い出てきた。


「あっ、ケーナちゃん、おはよう。よく眠れたかい?」


 俺がなるべく明るい笑顔を作ってケーナちゃんに向けると、昨日の夜はあれほど俺のために笑ったりしてくれてた顔が、恐怖に歪んだ。


「えっ、なんで知らない人が私の部屋にいるの……?」


 ……ん?

 ちょっとおかしいですね。何かな? ケーナちゃんも記憶喪失かな? ははは!

 ……じゃねぇよ! これ通報されたら死ぬ奴よね?

 満員電車で痴漢って言われたらどれだけ否定しても痴漢にされるタイプのアレよね?


「ちょっと、ケーナちゃん、俺だよ、俺。サイエンだよ」

「イヤッ! 近寄らないで!! お、大人の人呼びますよ……!」


 あーれー? 丘ピーポォ?

 なんで呼び出した人に通報されにゃならんのですか!


「ちょ、まっ、思い出して! 昨日ケーナちゃんが呼び出した使い魔です! 僕は!! 思い出してもらわないと困る! 主に僕が!!」


 そこでふと我に返ったケーナちゃんがぶつぶつとつぶやき始める。


「そういえば昨日は中学年試験があって、それで使い魔さんを呼んだ気が……。すると?」

「そうです、僕はサイエンです」


 そこまでいうと、徐々にケーナちゃんの白い肌がだんだんと青くなっていき、最終的に土下座のフォームになった。


「すいません! 私てっきり変出者かと……! あの、私寝起きはどうも頭が回らなくて……! それで、あのぅ……」


 いよいよ危険な雰囲気になってきた。

 幼女を土下座させるとか、犯罪臭すごすぎ。


「い、いいから、頭上げてよ、ね!? ほら、俺は今のところはどうもなってないんだから、勘違い位でそんなに謝ることないって、ね?」

「はぁ、そこまで言うのなら……。すいません」


 いや、マジで朝からこれはキツイよ。

 使い魔が主人を土下座させるとか、この世界の基準が分からないから何とも言えないけど、もし見つかってたらと思うと冷や汗かくね。


「それで、今日の予定はどうなってるの?」

「そうですね、今日は休日なので、街をいろいろ紹介したいと思います。サイエンさんがこっちの世界に来てからわからないことばかりだと思いますし、サイエンさんの魔法適正も気になるので、そっちもやっちゃいたいと思います」


 お、異世界物にありがちの魔法適正検査か。

 さて、いったい僕はどんなチート能力を持っているのでしょうかね?


「分かった。それじゃあ、いつ出発する感じ?」

「朝食を済ませたら出発しましょう」

「分かった」


 こうして俺の異世界生活二日目は始まった。

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