フェイク・インフォーム~転移した三十歳童貞の異世界頭脳戦~

華月 すみれ

第零章【プロローグ】

01.かーなーしーみのー

プロローグ


 終電近くの閑散とした車内で一人、俺はボーっとスマホの画面を眺めながらスクロールする。

 首都圏の電車でも、これほど人が少なくなることがあるのかと場違いなことを考えながら。

 ようやく今週も週末を迎え、週に二回あるかないかの休みに肩の荷が下りる。

 明日だけは上司の罵声も、クレーム電話の対応もしなくていい自由な日だ。

 そうやって明日のことを考えると緊張の糸が解け、電車の座席に肩を預けた。


1


「お客さん、終点ですよ」


 肩を揺さぶられる衝撃で、目が覚める。

 どうやらあの後俺は眠りについてしまっていたらしい。


「あっ、すいません」


 寝惚け眼をこすりながら急いで電車を降りる。

 いつも使っている電車の終点は俺の降りる駅の一つ前だったと思うので、ここから電車で一駅戻るよりタクシーかバスを捕まえて帰ったほうが早いだろう。

 ふっとスマートフォンに目を向ければすでに時刻は十一時を回っていて、早くしなければバスもなくなってしまう時間になると今になってようやく焦りだす。

 改札を抜け、駅前のロータリーに出てみると、俺の家の方面に向かうバスがちょうど発車するところだった。


「ついてねぇな……」


 頭をポリポリと掻きながらバス停の時刻表を見にとぼとぼと歩く。

 次のバスは俺の家の前では止まらないので、実質俺がバスに乗れるのは三十分後だ。

 がっくりと肩を落としながらスマホをつけると、ふとカレンダーに目が行く。


「そう言えば明日は俺の誕生日だったな」


 懐かしい。

 最後に俺の誕生日を祝ったのはいつのことだったか。

 実家に住んでいたころは毎年誕生日を祝ってもらっていたが、大学を卒業して一人暮らしを始めてからは仕事に明け暮れ自分の誕生日を祝っている暇すらなかった。

 明日は休日だし、次の俺の誕生日がいつこうやって平穏に訪れるかわからないんだから、明日くらいは俺をねぎらうような感覚でケーキくらい食べてもいいだろう。

 俺はバス停の前のベンチに下した腰を浮かせ、近くのコンビニに向かう。


「そういや俺も明日で三十か……」


 とうとう誰ともエッチせずに三十路を迎えてしまったとどうでもいいところで自分にダメージを喰らわせる。

 ふざけんな、誰だよ三十まで女とエッチしてない奴は一生エッチできないとか言ったやつ。

 出てこい。


「ありがとうございましたー」


 コンビニのレジの兄ちゃんの声を背中に受けながら、一人寂しくショートケーキをもって再びバス停のベンチに座る。

 畜生、誰が悲しくて一人でケーキなんて食わなきゃいけないんだ。

 ああ、なんかそんなことを考えてたら腹が立ってきた。

 手に持ったケーキを思いっきり地面にたたきつけたい気分だが、ケーキ代一九八円がもったいないし、食べ物は粗末にするなってばあちゃんに言われたからな。

 どっちかっていうとたたきつけない理由としては後者のほうがでかい。

 くそっ、今日はとことんついてねぇ。


◆◇◆


 ふと顔を上げると、視界にバスが入った。

 どうやらいつの間にか三十分経っていたらしい。

 スマホを見てるだけでも割と時間が潰せるんだな、とどうでもいいことを考えながらバスに乗り込む。

 バスに揺られる事数分、最寄りのバス停にたどり着いた。

 ここからなら自宅までは十分とかからないだろう。

 自宅までの帰り道を、社会人になって会得した早歩きでずんずん進んでいると、ふと思った。

 なんでこんな悲しい誕生日を迎えなきゃいけないんだ。

 いつも通りの日常、ならまだましだったろう。だが、今日は仕事の疲れからか、電車を乗り過ごし無駄に交通費を払わされた。要は本日は、いつも通りの日常以下なのだ。

 明日が誕生日なのにも関わらず、だ。

 もっとも社会人、いや、それよりももっと前から誕生日の特別性は薄れていた。

 だが、俺は誕生日の存在を先程まで忘れており、あまつさえそれを「まぁしょうがないか」と日常の忙しさを理由に、忘れていた事をどうでもよく思ってしまった。

 世の人間はそれも大人になるという事だと嘯くかも知れないが、そんなの知った事ではない。

 自分がこの世に生を受けた日を祝えなくなる事が、大人になるという事ならば俺は大人になんぞならなくていい。


「いや、ばからし」


 俺は自宅の扉に鍵を入れ、半回転させる。するとガチャ、と音をたてて俺に入室の許可を与えてくる。

 家の中は明かりがついていない為、とても暗い。それが少しもの寂しくも感じる。

 俺は買ったケーキを取り敢えず冷蔵庫にしまうと、ベッドにダイブした。


「はぁぁ、至福だぜぃ」


 寝る前に風呂に入らなければならないし、そもそも今は外着のままの為、着替えなければならない。

 スーツも皺になっちまうしな。


「だがこのお布団ちゃんの誘惑には、流石の俺も腰砕けよ……」


 どこらへんが誘惑してて、何が流石なのか、自分でいってて意味が分からないがどうでもいい。少し休憩したい。

 俺は「寝ないぞ!絶対寝ないぞ!」と心の中で叫びながら、目を瞑る。

 すると残念ながらというか、やはりというか、俺は深い眠りにつく事になる。

 眠るか眠らないかの微睡みのなかで俺は考えた。

 先程、誕生日を祝えないぐらいならば大人になんぞならんと、子供の様な事を考えた。あまりにも馬鹿らしく、幼稚で、中身のない、さらには手遅れという、どうしょうもない言葉だった。

 しかし、あの言葉はそこまで間違っているだろうか。

 まぁ、無難な答えとしては「そこまで間違ってはないかも知れないが、現実的ではない」とかそんなところだろう。

 全く、夢の無い事だ。

 大人は童心を忘れているぞ。って俺ももう三十か。

 俺もそろそろつまらない大人の仲間入りを果たさねば、社会でついぞやっていけなくなる……のだろうか。分からない。

 まぁ、俺は俺だ。いつもの調子でいこうではないか。

 そんなこんなで俺は三十歳初めての朝を迎える事となる。


 ……どうでもいいけどなんか今日の俺の自己語り多いよな。多くない?

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