彼女の記憶と病み上がりの新年

遠くに女の子の泣き声が聞こえる。



辺りに響く、モノが弾ける音、崩れる音、溶ける音の前でも、そのか細い声は、僕の耳にはっきりと届いている。


僕を取り囲む不吉な音と、この世のものとは思えない熱気がグルグルと僕の周囲を練り歩くなか、その女の子の声を頼りに、僕は歩き出す。



理由はわからない。

でも僕は彼女のもとにたどり着かなくてはならない。泣いているその子を助けられるような気がしたからだ。


彼女が見つめたものは次々と燃え尽きていく。

人も物も自然も、彼女の目に映る全てのものは、等しく燃え尽き、灰となって散ってゆく。


ここでは彼女の視界にはなにも残らない。そのことに絶望して泣いているのだ。彼女がここで求めるものは、決して手に入らない。


そんな彼女を救えるのは、彼女の視界にいない僕だけだ。彼女が求めていない僕だから、彼女を救える。


泣いている彼女を抱きしめると、太陽を抱きしめているような灼熱が体中を走る。


「大丈夫だよ。泣かないで」


理由などなく、使命感にも似た感情に突き動かされた僕を、驚いたように彼女は僕を視界に収める。その刹那、閃光が走り、眼球を蒸発させ、この状況を理解するよりも先に意識がシャットダウンする。



「ごめんなさい」



はっとして目が覚める。

先ほどまで感じていた、ジリジリと焼けただれたような感覚が、ウソのように霧散していった。


あの事故の夢のようだったけれど、いつもとは対象が違っていたように思う。ひどく曖昧で支離滅裂ではあるけれど、今まで見えていなかったことが見えたような気がした。だんだんと薄れていく夢の記憶。それと反比例するように明瞭になっていく意識。


見慣れた天井、僕の部屋だ。

軽く開かれた窓から通り抜ける風がカーテンを揺らしている。


徐に上体を起こすと、額から冷却シートが落ちた。思えば今着ているパジャマは汗でびっしょりと濡れている。


「あら、起きたの? 丁度いいわ。ほら着替え持ってきたから、着替えちゃいなさい。びしょびしょでしょ?」

手にパジャマと冷却シートの替えを持った母親が部屋に入ってくる。


「あるあとお……」

病み上がりか、呂律が回らないまま、感謝の気持を伝える。

ぼーっとした頭で、差し出された替えのパジャマと冷却シートを受け取る。


「今日は天気が良かったからね、窓開けといたよ。熱で暑かったろうし、気持ちいいでしょ?」

真冬の風にしては、とても優しく涼やかな風が、熱で火照った体に心地よい。

声には出さず、頷きで答える。

その反応に優しく微笑むと、徐に開かれていた部屋の窓を閉めた。


「まああんまり冷やしても良くないから、もう閉めるよ。もうすぐ日も傾くしね」

もうそんな時間なのか。一体どれほど眠っていたのだろう。


母親は、最後に着替えを促して、部屋を後にしようとする。

「あ、そうだ。あけましておめでとう」

思い出したようにそう告げると、母親は部屋を後にした。




え、寝てる間に年越したの?

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