第104話 犠牲はつきもの

エムニアは屋根を駆けていく。その顔は必死そのものであり、恐怖を抱いているだろう。彼女はジンに言われていたことがあった。それは危険だと思ったら引けという言葉である。彼女はジンが撤退と叫んだよりも早く逃げたので2人の行方はわからない。ただ、10分してメッセージがない場合はそういうことである。


(ごめん…… 兄ちゃん達…… 私には無理……)


エムニアはそう思いつつも2人が生きていることを信じている。もしかしたら1人で逃げ出してしまった事への罪滅ぼしをしているのかもしれない。


(きっとあの2人なら大丈夫。 今はミリアを連れて遠くへ逃げないと)


下を見ると人通りが増えてくる。ミリアはもしも失敗した時の逃げ道を確保している。気づかれないように下に降りると家の扉を開ける。そこはなんの変哲も無いとこだが、壁を押すと床から地下への道が現れる。エムニアはそこをゆっくりと降りていく。


(そろそろ5分は経つ…… 兄ちゃん達からまだメッセージは来ていない…… いや、大丈夫だ。 あたしが信じなくてどうするんだよ)


そんなことを思いながら階段を降りるとミリアが指定の場所に立っており、すぐにこちらに気づいた。


「ミリアお姉様お疲れ様です。 ジンお兄様とサインズお兄様はどうなされましたか?」


「わからないけど、ジン兄ちゃんからの指示で独断で撤退した。 ミリアも最悪の事態の想定だけはしといた方がいい」


「まさか⁉︎ ジンお兄様達は負けたのですか?」


「あたしが見たときは負けてはいなかった…… けど、嫌な予感がする」


「わかりました、覚悟はしときます。 メッセージが来ない場合は私達2人で逃げましょう」


「ああ、そうしよう」


そこからはエムニアとミリアは話すことなく沈黙の時間が流れる。時間にしてたった数分だったが、今までの人生の中で1番長く感じた。そして、無理かと思ったその時メッセージの入った魔道具が薄く光りだす。それにエムニアとミリアは喜びつつ魔力を込める。


『こちらジン、エムニアとミリアは大丈夫か? なんとか逃げることに成功した。 今いる場所を教えてくれ。 すぐに向かう』


「お姉様!」


「ああ、やっぱ兄ちゃん達はすげぇよ。 早速メッセージを返そう」


「はい!」


そう言うとエムニアはメッセージに今いる場所を伝えた。喜びに溢れる2人だが、警戒は怠らない。もしかするとゼフは自分達を追ってきている可能性だってあるのだから。


「もしもの時の為に柱の陰に隠れよう」


「わかりましたお姉様」


そう言うと2人は柱の陰に隠れてジンとサインズを待つのだった。



✳︎✳︎✳︎



それは時間にして10分も経っていないだろう。階段から足音が聞こえ始める。おそらくジンとサインズだろうが、念のため柱の影からそれを見守る。


「あれ? いないっしょ」


「エムニアどこににいる?」


その姿はまさしく自分達の兄であった。エムニアは涙を流しながら2人に抱きつく。ミリアは後ろから涙を拭いながらこちらを見ている。


「俺達があんな奴にやられると思ったか?」


「俺達を過小評価し過ぎっしょ」


2人は笑いながらエムニアに問いかける。


「うんうん、あたしは兄ちゃん達を過小評価した訳じゃないよ。 ただ…… 心配で」


「そうか…… 次からはもっと信頼してくれよ」


「当たり前だろ兄ちゃん」


エムニアは笑顔をジンとサインズに向ける。そんな時を邪魔するかのように再び階段から降りてくる足音が聞こえる。ここには全員揃っているのでおそらく敵だろう。エムニアとミリアは隠れるが、ジンとサインズはその場から動かない。


「兄ちゃん何してるんだよ」


エムニアは小声で呼びかけるが反応はなく、ジンは笑顔をこちらに向けながら口を開く。


「その必要はない」


「え…… どうして……」


「それは俺の仲間だからだ」


階段から降りてきたゼフがそれに答える。隣にはサンとデスGがこちらを見つめている。


「一体どういうことだよ! 兄ちゃん! しっかりしろよ!」


「少しは頭で考えたらどうだ? お前達は俺に居場所を教えるために嵌められたということを」


「どういうことですか…… ジンお兄様とサインズお兄様をどうしたのですか……」


「お前が神眼持ちのミリアか。 できればパラサイトに寄生させてやりたいが、封殺持ちの男にパラサイトを寄生させたところ封殺が使えなくなってしまった。 どうやらパラサイトはよりも強い能力は扱えないみたいだな」


「何を言って……」


「気にするな、こっちの話だ。 それでどうする?」


「エムニアお姉様!」


エムニアは恐怖して動けない。だが、気力で体を動かし、ミリアの手をとる。そのまま地下の複雑な道を走っていく。ゼフ達の姿はもうなかったが、確実に追われているだろう。そのまま振り返ることなく進んでいく。彼女はこの世で最もやってはいけない選択をしてしまった。








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