第96話 絶望の淵

ゼフは試合が全て終わると、ゾンビのような顔をしたクライエルと共に受付に向かう。5分程で到着し、隣のクライエルを見るが相変わらず顔色は悪い。


「後ろで他の人が待っている、 さっさと金貨2500万枚を払え」


「…… ない」


「ないだと? 先程は払えると言ったじゃないか?」


「すまない! 私に時間をくれないだろうか!」


クライエルは必死に頭を下げる。それを見て他の貴族達は驚きの表情を隠せないようだった。


「そうか…… 3日まで待つ。 それ以上は分かっているな」


「ああ、分かっている。 本当にすまない」


「とりあえず最後の試合の分以外を換金してくれ」


「はい、かしこまりました」


アナがせっせと換金の作業をする。その間に後ろの貴族を見るが、かなり少ない。当たり前だろう、なんたって全財産をつぎ込んだ者がほとんどなのだから。あの結果を読んだのかわからないが、2割程は勝ち取ったらしく顔が明るい。


(まあ、こんなものだろう。 賭け事をするぐらいだから欲を消せない奴らばかりとは思っていたが、意外と残ったな。 それにもうこの賭博場は終わりだ。 こいつが俺をバカなやつと思って嵌めようとしなければこんなことにならなかったのにな。 いや、元々賭博場は潰して遊ぶつもりだったから結局は一緒のことか)


そんなことを考えながら、つい笑みがこぼれる。


「おまたせしました、どうぞ」


アナが大量に金貨が入った袋を渡してくる。 それを受け取ると列から外れ、隅でサンが出てくるのを待つ。10分程するとサンがとぼとぼ奥から出てきた。


「やっと来たか、帰るぞサン」


「はい、ご主人様」


帰ろうと立ち上がり、扉の前に向かう。後ろにはクライエル含む5人程の男女が付いてきていた。ゼフはドアノブに手をかけながら口を開く。


「最後に1つだけ、もしもお前が払えなくても死にはしない。 安心しろ」


それを聞いたクライエルは青ざめ、恐怖する。そう感じている間にゼフは扉を開けて出て行った。扉がガチャリと閉まると、糸が切れたように崩れる。


「終わった……」


「だ、大丈夫ですか⁉︎ クライエル様!」


「これが大丈夫に見えるか…… 私はあいつを嵌めるつもりだった。 だが、結果はこのザマだ。 今になって思えば奴隷が不死だとしても、あんなことはやらせない。 それを命令し、見て楽しんでいたあの男は化け物だ……」


クライエルは支えながらなんとか起き上がる。


(2500万枚など払えるわけない…… 仕方ない、この3日間で奴を殺すしかない。 やりたくはなかったが、殺し屋を頼もう。 残念だが、私を殺さなかった君の負けだよ)


戦闘のプロを雇うことを心に決めたクライエルは落ち着きを取り戻し、静かに笑みをこぼした。



✳︎✳︎✳︎



賭博場から出たゼフとサンはそのまま冒険者組合に向かって歩き始める。


「良くやってくれた」


「え…… そ、そんなことは……」


「謙遜するな、お前は頑張ったんだ。 自分を誇れ」


「ありがとう…… ございます……」


「そうだ、遠慮してばかりだと機会を逃すことだってある。 それに、これからはお前にこんなことはやらせない」


「どうして…… どうしてご主人様はそんなこと言ってくれるんですか……」


サンの頬に大量の涙が流れる。


「俺は奴隷という扱いはするだろう。 だが、だからといって衣食住がままにならないということはない。 そもそも、お前らは人間であるのだから。 俺に逆らわなければいい。 きちんと後ろについてくればその先を見せてやろう」


「ほ、本当ですか?」


「ああ、それともう1回言わせてくれ。 何回も死なせてしまった…… すまない。だが、わかってほしい。 これはお前を強くする為だったと。 そして、ありがとう」


サンは何回も死んだことで精神が極限まで疲弊していた。それが、ゼフのたった1つの優しい言葉で崩れ去ってしまう。 彼女の顔には笑顔が見え、ゼフに寄り添うように抱きつく。


「私はご主人様のような人に買われて光栄です」


(人の精神は疲弊した時、安らぎを求めるがこんなにも簡単とはな。 まあ、こいつがへんなだけかもしれないが、これでパラサイトを使わずに従順な奴隷を手に入れた。 ククク、順調だな)


そんなことを思い、頬が緩む。もちろんこれだけが理由ではない。彼女が今までされてきた仕打ちにも起因するのだが、それはおそらくゼフには知られないだろう。


「もう離れろ、我慢はするが俺はそういうのは嫌いだ」


「あ…… す、すいません……」


「謝る必要はない、それよりもそろそろ冒険者組合だ」


ゼフとサンは冒険者組合に着くと、すぐに中に入る。レオを探しているとイチとニがいたのでそちらに向かう。


「ご主人様お疲れ様っす」


「お疲れ様です。 今日はどうでしたか?」


「勝ったが、これはなんだ?」


ゼフが指を指している方向を見ると、そこにはレオが気絶し倒れている。


「俺見たんすけど、1撃でやられた感じっす」


「新人が来たんだな。 それで俺が命令したことを遂行したら返り討ちにあったと」


「お見事です、ご主人様の理解力には本当に頭が上がりません。イチがもう少し話すのが上手ければいいんですが……」


「うるさいっす。 それよりも今日はサンは元気っすね」


「それはね、ご主人様が私のことが大切って言ってくれたからです」


「まじっすか⁉︎」


「すごいですね、ご主人様に言わせるなんて」


「俺だって褒める時は褒める。 それよりもその新人面白いな。 ククク、暇つぶしとしては最高だな」


イチとニはそんな表情をするゼフに少し怯える。隣のサンは無意識に服の裾を掴みニコニコしているだけだった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る