第95話 知らないということ
クライエルが絶望的な表情を見せる隣でゼフは試合を楽しむ。1回の試合時間があまりに短すぎた為か予定よりも3時間も早く最後の試合になってしまう。それを確認したクライエルは心の中でホッとする。
(これでやっと最後か…… 赤字だが、なんとか大丈夫だ……)
「ゼフ様、クライエル様賭けのお時間です」
そんな中、いつものように賭けの時間を知らせる声が聞こえる。
「今回は奴隷のサンは500倍、フォースは1.7倍でございます」
「そうか…… なら、私はフォースに500枚賭けよう」
「畏まりました、こちらをどうぞ」
そう言われると、クライエルは500と書かれた腕輪を受け取る。
「ゼフ様は如何なさいますか?」
「そうだな…… それじゃあ、サンに5万枚賭けよう」
ゼフの余りに多い賭け金にクライエルは反射的に立ち上がり叫ぶ。
「な、何を考えている!」
「何か問題でもあるか?」
「いや、確かにないが……. そんな大金どこにある!」
「そんなことか、よく見てみろ」
そう言われ、ゼフの足元をよく見てみると金貨が大量に入っているであろう巨大な袋が置いてあった。
「一体いつから……」
「これで問題ないだろう?」
「は…… はい、問題は御座いません。 少々お待ちください」
男はいつものように金貨を受け取り、腕輪に収納させていくがその量はとんでもなく多い。そもそもクライエルが賭けている500枚ですら多いのに、その100倍なんて比にならないだろう。金貨を入れ終わると、ゼフに腕輪を10個渡す。
「待たせたな、それじゃあ始めようか」
クライエルは余裕の表情で隣に座るゼフを見ながら考える。
(何かある、そうでなければ考えられん。 いや、無理だ。 外からの魔法などの攻撃はもちろん武器などもこちらで用意している。 あのサンという少女が勝てるはずない)
そうは言ったものの、クライエルは念のためにと口を開く。
「フォースと私の持つ最強の奴隷であるガラムンドと交代させろ」
「よ、よろしいのですか? 直前の交代は信用を落としかねませんが……」
「構わん、あのゴミどももどうせ奴隷が変わったところでサンには賭けん」
「しょ、承知致しました。 すぐに伝えに参ります」
そう言うと、男は走ってその場から離れる。
「最強の奴隷だと? 今更そんなことで覆るわけないだろ」
「だまれ! あんな賭け方をしといて何を言ってる! これはお前が姑息な手を使わなさせない為だ!」
(たとえ不死だろうと、もしかしたら攻撃を浴びせ続ければ死ぬかもしれないしな)
「好きにしろ、俺は金に興味はない。 それよりも震えてるが大丈夫か?」
クライエルは自分の手を見てみると確かに震えていた。彼はそれを必死に抑えるように椅子に勢いよく座る。
「確認なんだが、もし俺が勝ったら払えるのか?」
「も、勿論だ!」
(ゴミどもはおそらくサンとは反対に全財産賭けているだろう。 ゼフが勝てばおそらく回収できるが…… 足りん。 無理だ、そんな金街中集めつめてもないぞ。 いや、大丈夫だ。 勝てばいい、そうすれば多少は打撃を受けるが、すぐに取り戻せる)
すると、アナウンスが流れ始め、奴隷の交代が知らされた。もちろん、貴族達の反感はなく、すぐに試合が幕を開けた。
✳︎✳︎✳︎
サンの目の前には今までで最も大きな筋肉を持ち、片手に大剣を持っている顔の怖い男が立っていた。しかし、今の彼女にはそんなことどうでもいい。なんたって、彼女はもう1度死ぬのだから。
(大丈夫…… これが最後だから…… もう死ななくていいから)
目の前の恐怖よりも、死という恐怖が増さりパニックを引き起こしている。だが、最初よりも死という恐怖心が薄れつつあったのも事実である。
「大丈夫かい、お嬢ちゃん。 すぐに楽にしてあげるからね」
「はい…… お願いします」
アナウンスが試合開始の合図を知らせる。サンはそのまま動かない。ガラムンドは動かないサンを見てゆっくりとこちらに近づいてくる。
「動かないでくれよ、綺麗に斬れないからさ」
ガラムンドはそう言うと、大剣を力一杯振りかぶる。それを見たサンは目を瞑ってしまう。おそらく、起き上がったら目の前には自分の血が飛散しているのだろう。そう思ったが、今回は違った。ガラムンドの振りかぶった大剣はサンの細い体に当たる前に謎の壁のようなもので弾かれる。
「ふぇ?」
ガラムンドが大勢を崩し、素っ頓狂な声を上げていたのもつかの間、今度サンから炎の渦が放たれる。その速度は尋常じゃなく早く、フレアにしては大きすぎた。ガラムンドはその魔法に反応すら許されずに全身に浴びる。奇怪な叫び声を上げ、魔法が終わった頃にはその場所に真っ黒な人間の死体が転がっていた。
「ど…… どういうこと……」
その時、サンがガラムンドを倒したということよりも、大損したということが頭中に駆け回りクライエル含む沢山の貴族達は似合わないほど乱れ、爆音のような叫び声がその場所に響き渡った。
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