第49話 思い
歩夢はアヴローラが亡くなったと聞かされてから悪をこの世界から消すという事が頭から離れられなくなっていた。
どうしてこんなにも考えてしまうのだろう。
特別仲が良いという訳ではなかった。
もしかしたら止める事ができなかった自分に罪を感じているのかもしれない。
それに悪という定義わからない。
だが、歩夢にとってそんなことは関係ないと感じていた。
そして、それは他の二人も同じ思いなのか一言も話す事なく考えている。
(こんな事…… 一度も考えた事なかったのに…… どうしてこんな気持ちになるの……)
歩夢はその事について考える。
この世界に来て初めて戦う目的ができるというのはいいことかもしれない。
しかし、今の気持ちは自分でも異常とわかるものであり、どうしてもこの気持ちを抑えたかった。
無言の時間が続く。
そして、扉が開かれるとそこにはゼフいた。
「今戻った、早速で悪いが今日の特訓を始めるがいいか?」
カイモンとデニーは頷く。
二人は理解しているのだ。
この世界で最弱の職業を持つものが他の職業と渡り合うにはどれほどの時間を有するのかを。
そして、アヴローラを殺した者達に一刻も早く復讐をするために。
「ゼフ先生、質問いいですか?」
頷かなかった歩夢はゼフに質問を投げかける。
「なんだ? 言ってみろ」
「はい、実は今私は悪を倒す事しか考えられないんです。 こんな経験は今までなかったのでこれが本当に正しいのか分からないんです」
「大丈夫だ、問題ない。 お前はまだそういう事を経験してなかっただけだ。 だから、これからもその事を忘れないようにしろ」
そう言われた歩夢の心が軽くなる。
きっと肯定してくれる言葉を待っていたのだろう。
「ありがとうございます。 ゼフ先生に話したら少し気が楽になりました」
「それは良かった」
現在、歩夢達がこのような状態になっているのはアヴローラが死んだ原因を奴らに擦りつける事でソイックという蟲により、悪を殺すことに異常に執着させている。
この蟲は生物に聞こえない音波を出し段々と一つのことしか考えられなくなるという能力である。
それを発揮するにはその事を頭に思い浮かべなければならない。
もちろんゼフはこの音波の対策をしているので全く効果はない。
「他に何か質問はないか? なければ始めるぞ?」
生徒達は無言で頭を縦に振る。
「それじゃあ、まずは魔力の特訓からだ」
そう言うとゼフは今日の特訓の内容を説明し始めたのだった。
✳︎✳︎✳︎
その日の夜、歩夢は週に一度の現在の状況を報告する為の集まりがあるので圭太の部屋に向かっていた。
他の勇者がどんな事をしているか分からない。
それが楽しみでもあり怖くもあった。
(今日は色んな事があって疲れたな。 それに今日はかなりハードな内容だったし……)
ゼフからの今日の特訓は今まで以上に過酷であったが、歩夢は今日の朝よりも強くなっている実感があった。
これも全てはあの特訓を乗り越えたからであろう。
(圭太、翔太、真里亞はどれくらいの強さになっているのかな。 もし、これで追いつけないような差が開いてたら……)
歩夢は首を横に振り考えることをやめる。
今、考えた事が起こった場合歩夢は役立たずになり、圭太達と友達でいられることが困難になるかもしれない。
だから、例え最弱の職だとしても一緒に居られるように強くなることを望むのだ。
(たしか…… この部屋のはず)
そうこう考えてるうちに圭太の部屋であろう扉の前に到着する。
歩夢は静かに扉を二回ノックすると、扉の向こうから声が聞こえてくる。
「どちらですか?」
歩夢は軽く息を吸い答える。
「私達の地球」
歩夢がそう言うと扉が開かれる。
「歩夢やっと来たね。 さぁ、はやく入って」
圭太は歩夢が合言葉を言うと迎えてくれ、部屋に入ると翔太と真里亞が椅子に座りこっちに手を振っているのが見えた。
「さて、全員揃ったことだし始めようか。 とりあえず僕が進めていくけど何か異論はない?」
「大丈夫だ」
「私もいいわ」
それに翔太と真里亞が答える。
そして、二人が答えて少し経ってから歩夢も口を開く。
「大丈夫です」
全員の了承を確認すると圭太は話し始める。
「それじゃあ…… まずは皇帝の話だけどほぼ確定と見ていいと思うよ」
その言葉に三人とも息を飲む。
「圭太が前に言っていたこの街の人達の異常性は皇帝の仕業で間違い無いという事か……」
「そうだよ、ただその方法はまだ分かってないけどね」
圭太がそう言うと真里亞が口を開く。
「そういえば聞いてなかったことがあるのだけど、どうして圭太は皇帝を疑っていたのよ」
「その事か…… 一つ謝っておきたいことがあるのだけれど前に闘技場でこの街での人殺しは文化と言ったのは嘘なんだ」
それを聞き歩夢が答える。
「やっぱりそうなんだ…… この街の人達を見ている限りそれが頻繁に行われているとは思わなかったから」
「不安にさせてすまない。 それで話は戻るけど僕達は人が殺される場面に何度か遭遇したけどそれを見ていた者達はみんな喜んでいたんだ」
「それだけの理由で皇帝を疑ったのか?」
翔太が問うと圭太が答える。
「それだけじゃない、あれはかなり確信が持てたよ。 まず一人も喜んでない人がいない事がおかしかった。 普通人を殺される場面を全員が好きなわけじゃない。 兵士とかならもしかしたらあるかもしれないけど闘技場の市民はそういうのを見慣れていないから喜べるはずもないんだ。 むしろ…… 嫌な顔をしたり、目を覆って見ないようにするはずなんだ」
「それで皇帝を疑い始めたという訳ね」
真里亞は今の話で皇帝にたどり着いたが、翔太と歩夢にはさっぱりだった。
「どうして、そこで皇帝が出でくるんですか?」
「俺もそこを知りたい」
それを聞くと圭太は話始める。
「まず、街全体の人達が仮に人を殺すところを見ると喜ぶように洗脳する。 そしたら、それは楽しい事になるはずだ。 多分だけど人を殺す場合は大きな催し物なんかでやれば感覚的にはお祭りのようなものになるはずだよ。 例えば闘技場での試合形式とかね」
「そうか! そういう事か!」
「翔太…… 声がでかいわよ」
「わりぃ……」
翔太は真里亞に叱られる。
圭太がそこまで話すがそれでも歩夢には分からなかった。
「続きだけど、そういう事をすれば街の人達全員を監視しなくていい。 そもそも誰がなんのためにやるか。 それは、かなり高い地位に就いており、隠したいものがあったり、自分に不利な人物などを脅したりすることで最終的に殺すためにやっている。 それに当てはまるのは人物の中でメリットがあるのが皇帝というわけだ」
「なるほど……やっと分かりました」
「分かってくれて良かったよ。 まぁそれでも間違ってたらいけないから皇帝を探ってみたら今日ボロを出したよ」
「それは本当か⁉︎」
「全然出さないから苦労したけどね」
「それでどうだったのよ?」
「学園長に会って何やら魔晶石というものについて話していたよ。 内容は上手く聞き取れなかったけど洗脳という単語が出ていたのは間違いないよ」
それを聞いて歩夢は明るい声で話す。
「それじゃあ街の人を救えるということですか」
「断定はできないけど可能性は高くなったよ」
「それでこれからどうするんだ?」
「それを今から話そうと思う。 みんなちゃんと聞いといてくれよ。 ここからがかなり大事な話だからな」
圭太はそう言うと先程よりも真剣な口調で話し始めるのだった。
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