第30話 戦慄

 魔王グリンガムは目を覚ます。

 そこはどこかの宿だろうか。

 そんな事を思ったのも束の間。

 なんと、目の前には自分を殺したはずの人間が立っており、激しく動揺する。


「目が覚めたか魔王よ」


 人間はそう口を開くが、グリンガムは状況の整理で頭が一杯である。


(どういうことじゃ…… ワシは死んだはずでは…… まさか…… この人間は殺さなかったということなのか? いや、そんなことができるなど……)


グリンガムは道の恐怖を感じながらも、下手に刺激しないように口を開く。


「ワシは生かされたというわけか……」

「そうだ、運が良かったな」

「ワシを生かしたということは、何かをやらすつもりということじゃな」

「理解が早くて助かる。 流石は魔王になるだけはあるな」

「…… それで、ワシは一体何をすればよい」

「お前にはすべての魔王に同時にメッセージの魔法であることを送ってもらいたい」

「…… そんなことで良いのか」

「ああ、だが内容は俺が言った通りに送れ」

「なるほど…… 分かった」


 グリンガムは例え何をされようとも報復の時をゆっくり待ち、残酷に殺すつもりだった。

 しかし、グリンガムはなぜか嘘をついてはいけない、そんな心が鎖に縛られたような罪悪感に陥る。

 決して逆らうことは許されず、命令に従わなくてはいけないという強制的な何かをされている気分が自分の心包み込んでいるようだった。


「では、内容を今から言うがいいか?」

「待ってくれ! メッセージで同時に送るとなるとかなり詠唱に時間がかかるからのう。 時間をくれぬか?」


 ゼフは少し考えるとすぐに頷く。


「それは仕方ない。 とりあえず一時間後戻る」

「了解じゃ」

「念のためにビートルウォリアを置いて行く。 あり得ないが、 妙な気は起こすなよ」

「分かったのじゃ」

 

 そう言うと、ゼフと隣にいたシルヴィアは出て行った。

 それを見届けたグリンガムは呟く。


「あの人間は何を考えているのかの……」


 グリンガムは考えるが、全く考えが読めない。


(じゃが、奴が何か恐ろしいことを企んでいるのは確かじゃ。 さて、メッセージの同時送信の準備をしなければの)


 メッセージは全魔法の中で最底辺のものであり、記憶にある人物に限り、自分の声を届けるというものである。

 同時に送るとなると最底辺の魔法だが、少々時間がかかる。

 また、複数に送ることができる便利な魔法であるという認識で知られている。

 その時、グリンガムはふと疑問に思う。


(ワシが生かされた理由は、本当に他の魔王どもにメッセージを送るためだけか? そもそも送った後はどうするつもりじゃ?)


 もし、メッセージを送ってしまった場合好戦的な魔王はすぐに軍を引き連れてセレロンを滅ぼしに来るだろう。

 そんな単純なことを考えていないはずはない。


(まさか…… 魔族を全て相手にしても勝てるというのか……)


 グリンガムは頭を振り、その後余計なことを考えずに魔法の詠唱に集中することにしたのだった。


✳︎✳︎✳︎


 ゼフはグリンガムと別れてから街の様子を見ているが、周りには道を開けるように魔族達が土下座をして並んでいる。

 この街の監視にはビートルウォリアとカースドビーという人の大人ぐらいの大きさの黒い蜂型の蟲を召喚し、様々なところに配置している。

 そんな哀れな者達を見て、支配に必要なものを再認識する。


「やはり、支配するには恐怖が大切だな」


 しかし、魔族達に逆らう者がいないわけではなかった。

 だから、デスワームに命令してその者達を一人残らず食べてもらったのだ。

 すると、あんなにうるさかった住民は、子鹿のように震え黙ったのだ。


「自分達に人質の価値があるかどうかでこうも反応が変わる。 愚かな種族だと思わないか? シルヴィア」

「ええ」


 ゼフが通る道を土下座をしている魔族の一人に目をやる。

 それはたまたまだった。

 少し好奇心が湧き、操蟲に命令をすると、その魔族は為すすべなく体を貫かれる。

 余りには紫色の血が散布し、かかったものはより恐怖の顔に染まる。


「この感覚はいい。 抵抗できないものの命は俺次第というこの感覚が。 全く…… 最高だ」


 セレロンはあまりにも広く、警備としてビートルウォリア1000体、カースドビー1500体を配置しているがそれでも足りないくらいだった。

 それ故か住民も多い。

 

「ここまで広いと道に迷うな」


 ゼフはそんなことを思いながら、土下座している魔族に近寄り座る。


「ぐっ」


 魔族は勢いよく乗ってきたせいか唸る。

 そして、体を震わせ耐える。

 ゼフはそんなことは御構い無しに口を開く。


「最初はまさかギルドマスターに言われた通り人間というだけで見下して来るとは思わなかった。 だが、これでハッキリした。 お前らの種族が劣等種ということを」


 ゼフに座られてる魔族は、怒りを堪えて重い口を開く。


「その…… 通りで……ございます」

「ククク、そうだろう?」


 ゼフは軽く笑うと、立ち上がる。


「何度も言うが、この感じは最高だな。 近々人間でも実践してもいいかもな」


 それを聞いている魔族達は戦慄した。

 この男は同じ種族の人間までもこのようなことをしようとしている。

 こいつは人間の皮を被った化け物だと。


「さて、そろそろ戻るか。 行くぞシルヴィア」

「分かりました」


 そう言うと、ゼフは魔王のいる家へと機嫌よく向かって行くのだった。


✳︎✳︎✳︎


 魔王がちょうど詠唱を終えた頃扉がゆっくりと開かれる。

 そこにはゼフがいた。


「終わったか?」

「勿論じゃ」

「なら、これから言うことを聞き逃すことなく全ての魔王に伝えろ」

「了解じゃ」

「ではいくぞ…… これからお前達魔族を滅ぼす為に進軍を開始する。 時間は三日間だ。 せいぜい足掻いてみせろ劣等種だ」


 グリンガムはその言葉に戦慄する。

 この男は本当に魔族を滅ぼす力があるのだと。

 ゼフは続けて話す。


「ちなみに俺の名前はゼフという。 メッセージで伝える時俺が言ったと伝えろ」

「了解じゃ」


 ゼフはそれを言うと少し頬が緩む。

 それを見たグリンガムはこれから起こるであろうことを想像して震えながら、メッセージを発動させる。


「全ての魔王よ、ワシは今からゼフという人間の代理であることを伝える。 では、これからお前たち魔族を滅ぼすために進軍を開始する。 時間は三日間だ。  せいぜい足掻いてみせろ劣等種…… 以上だ」


 言い切ったグリンガムはメッセージを解除する。

 それを見ていたゼフは笑いながら言葉を発する。


「さて、これから楽しくなるな」


 ゼフは不敵な笑いを浮かべる。

 グリンガムはどうかこの男を倒してくれるものが現れることを願うが、すぐにそんな感情は消されるのだった。






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