第25話 獲物
聖都に戻ってきてから、早くも一週間が経とうとしていた。
あれから特別何かが起こることはなく、毎日依頼をこなすだけという日常を過ごしていた。
今日も同じような日常なのだろう、と思いながらゼフは出かける準備をする。
「Aランクになっても変わらない毎日とは以外にも退屈なものだな」
「そうね」
「正直、あの世界には戻りたくはないが、こうも楽だと油断するなという方が無理な話だよな?」
「ええ、そうね」
ゼフはシルヴィア何度もそう投げかけるが、単調な答えしか返ってこない。
パラサイト、この蟲は使ったことがないので、どうしてこうなったかを調べているが、全く見当がつかないでいる。
二日程前には、気晴らし程度にシルヴィアの仮面の下を見せて貰ったが、予想よりも遥かに美しい顔だったのを思い出す。
正直な話、シルヴィアは予報のことを聞き出したので、用はないのだが、急にいなくなれば疑われる可能性があるので、今は何もしない。
もしも、バレてしまい冒険者が出来なくなってしまえば、目的のSSランクになるというのが潰えてしまう。
それだけは避けなければならない。
(まあ、何もしなければ大丈夫だろう。それよりもこの世界に来た時より魔力が上がっている気がするな。いい事もあるもんだ)
この世界に来て、ゼフは更なる力をつけていた。
毎日、密かに特訓をすることで、魔力の上昇、召喚時間の短縮、新しい蟲が召喚できるようになるなど、良いことづくめだ。
勿論、筋力や高位の探知魔法や隠蔽魔法を使えるようにもなったが、それらを全て犠牲にして、召喚魔法や蟲達の能力の強化に当てている。
これを代償と言い、犠牲するものによっては、凄まじい程の力を手に入れることができる。
但し、一度犠牲にして仕舞えばもう二度と戻ることはない、というデメリットも存在する。
だから、ゼフは慎重に自分の持っているもので、犠牲にして良いものとそうでないものを考える。
そんなことを考えながら、着替え終えると、外に少しずつだが、人集りができてくる。
「考えるのは後だな。冒険者組合に行くぞ」
「分かったわ」
ゼフはシルヴィアを連れて宿屋を出る。
道中は特に何も起こらない。
だが、ここ数日で人間をつき従えているからか、違和感を感じるようにはなっていた。
(この感じには早く慣れないとな……)
ゼフはそれ故か、歩く速さが増す。
そして、冒険者組合に着くと、真っ先に掲示板に向かう。
時間が時間だからか、人が少しいる程度だ。
「さて、今日は何にするか」
ゼフは掲示板を端から端まで見ていき、自分に良いものを探す。
できれば、一気にランクを上げたいところだが、そんな都合のいいクエストは無いだろう、と思いながら口を開く。
「シルヴィア、お前はどのクエストがいい?」
シルヴィアはその問いに無視し、答えない。
(やはり分からないな……そもそも今こいつは蟲と人間どっちに近いんだ?)
そんな疑問を浮かべながら依頼を探していると、一つの古い依頼書が目につく。
「なんだこれは?」
それを手にとって見てみると、他の依頼書には無い肌触り。
おそらく長年放置されてきたのだろう。
ゼフはそれが気になり、読んでいく。
「魔族討伐……最低推奨ランクSSだと!?」
ゼフはそれに驚き、声を上げてしまう。
そして、同時にここまで古いのを納得する。
誰もやりたがらなかったのだろう。
「魔族か……元の世界には俺が知ってる限りではいなかったな。一体どういう種族なんだ?」
ゼフはそんなことを考えながら、魔族というのを想像する。
実は元の世界にも魔族がいた。
しかし、それはゼフが生まれるずっと昔の話であり、当時最強の種族だった。
だが、それも長くは続かず、とある一人の男に滅ぼされてしまったのだ。
ゼフがそれを知る由は無いが……。
「ギルドマスターに相談してみるか」
「ええ、分かったわ」
ゼフはそう決めると、その依頼書を手に取り、受付嬢の元へ向かうのだった。
✳︎✳︎✳︎
ゼフがノックをすると、中からアイドリッヒの入って良いという声が聞こえたので、扉を開ける。
「失礼します」
「ゼフくんか、久しぶりじゃのう。立ち話も何じゃ、そこに座りなさい」
ゼフ達はアイドリッヒの言うことに従い、椅子に座ると、ゆっくりと口を開く。
「今日は大事な話があって来た」
「ふむふむ、大事な話かのう。一体なんじゃ?」
ゼフは先程の依頼書を取り出すと、アイドリッヒに渡す。
それを軽く確認したアイドリッヒは口を開く。
「魔族討伐か……残念じゃがこれはSSランクのみじゃよ」
「それをお願いしに来た」
「そういうことかのう。もし、やるとするなら勇者達の誰かをつけるなら構わないが……」
アイドリッヒは困った表情を浮かべながら、ゼフを見てくる。
「勇者達はいらん、俺とシルヴィアだけでいい」
「そうは言ってものう……まず、何故これを受けようと思ったのじゃ?」
「ランクを上げるためだ」
「何故ランクを上げる?」
「自分が思う最強の冒険者の理想図が、最高ランクの冒険者だからだ」
「もしも、これを許可した場合何体殺すのじゃ?」
その問いにゼフは僅かだが、声を漏らして笑う。
「全てだ、一匹残らず根絶やしにして絶滅させて帰ってきてやる」
狂人の戯言だ。
だが、アイドリッヒはそれを聞いても尚、落ち着いて話す。
「お主が強いのは知っておる。だが、死んでも知らんぞ?」
「承知の上だ」
「それなら好きにするんじゃ。わしが特別に許可しよう。ただ一つだけ約束じゃ、危険を感じたらすぐに戻って来るのじゃぞ」
「ああ、分かっている」
「それで、許可する前にお主は魔族をどこまで知っておるのじゃ?」
「すまないが、全く知らない」
「どうしてそれで行こうと思ったのじゃ……魔族とは過去に何度も人間と戦争をし、今も尚争いを繰り広げている種族じゃ」
「今もだと?」
「そうじゃ、三つの大きな街である聖都、王都、帝都、その近くにある森を抜けた先が魔族の領域じゃ。そして、これを知る者は少ないのじゃが、その先にまた人間の領域があるのじゃ。今はここと戦争しておる。だいたいここまでで大陸の八%じゃからずいぶん広い大陸じゃな」
「今の含めて八%か。随分と広い大陸だな」
「そうじゃ、ちなみにわしらの方が一%、魔族が五%、もう一つの人間の領域は二%と言われておる」
「それ程人間と魔族には差があるのか」
「怖気付いたか?」
その言葉に軽く鼻で笑い飛ばす。
「まさか、それとなぜ魔族はこちら側に攻めてこないのだ?」
「主に聖都の勇者、そして帝都の怪物だ」
「……怪物?」
「そう呼ばれとる冒険者じゃよ」
「それは一度会ってみたいものだな」
初めて聞くその名前。
今までの経験から、どうせ大したことないのだろうと心の中で呟く。
「さて、話を戻そうか。魔族は基本人型だが肌の色や尻尾や角、羽なんかも生えているものが多いの」
「それ以外は人とは変わらないのか?」
「そうじゃ、性格は人間は見下す者が多く、すぐに襲われることはないが、返答を間違えれば殺される」
「なるほど、それ以外は何かあるのか?」
「一応ワシが知ってることは以上じゃ。別のことなら答えてやっても構わんぞ」
「いや、大丈夫だ。助かった」
「礼には及ばん」
「それじゃあ、準備があるからとりあえず宿に戻る。無理を言ってすまなかったな」
ゼフはそう言いながら立ち上がる。
それを見たアイドリッヒは口を開く。
「死ぬのじゃないぞ」
再び注意を促すが、ゼフはそれを無視する様にそのまま部屋から出て行ってしまう。
本当に冒険者らしい冒険者で、この先の行く末を不憫に思うのだった。
一方、部屋を出たゼフは冒険者組合を後にすると、シルヴィアに向かって口を開く。
「さて、シルヴィア今から準備するぞ。所詮はこの世界の人間相手に手こずっている連中だ。俺達の相手ではない」
「ええ、そうね」
「さて、どれだけ俺を楽しませてくれるか楽しみだな」
「ええ、そうね」
油断はしない、そうは言っても弱すぎる相手にずっと警戒することができるはずもなく、ゼフは知らず知らずのうちに傲慢になっていた。
だが、それに気づくことなど今はできるはずもなく、不適な笑みを仮面下に浮かべ、次の獲物を狩りに行くのだった。
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