災厄の蟲使い

喰衣

異変

第1話 生きる術

 平原に飛行魔法を使い、飛んで逃げる一人の男の姿があった。

 その姿は必死そのものであり、額に大粒の汗を流している。

 男は心の中で呟く。


(まずい…… 殺される……)


 本来であれば立場は逆のはずだった。

 しかし、実際には狩られる側であり、自分の無力さをひしひしとに感じる。


(どうしてこうなった……くそっ! 俺にミスはなかったはずだ。なのにどうして……)


 焦りを感じながら、色々考えていると後ろから男の声が聞こえる。


「どうしたんだ〜、ゼフ。そんなに逃げて。お得意のおもちゃを呼んでみたらどうだ?」


 ゼフはそれを無視し、背中を向けて逃げ続ける。そして、魔法の詠唱を始める。

 周りに魔法陣が数百個現れ、一秒もかからず割れる。すると、魔法陣があった場所から見た目がコガネムシのような蟲の化け物が大量に現れた。


「行け、キングボルト! グリムに攻撃しろ!」


 ゼフは蟲達に命令を下した後、再びグリムから距離を離す。

 だが、これも時間稼ぎにならないだろう。それは彼自身理解している。

 それに、B級冒険者である自分が正面から戦って、A級冒険者であるグリムに勝てない事ぐらい。


(相手が悪すぎる…… 相手は蟲殺しで有名なグリムだ。今回は逃げるが吉だ。覚えておけよ、逃げた後は絶対に殺してやる)


 そんな事を考えていると、グリムが同じ飛行魔法を使ってこちらに近づいてくる。

 同じ系統の魔法でも熟練度が、ここまで自分とでは違うのかと痛感する。


「へへへ! お前は運が無かったな。俺に目をつけられた上に俺のブラフにかかってしまうなんてな! お前は俺の欲求を満たす糧となれ!」


 そう言ったグリムは、手に持っている片手剣を振り下ろす。

 それを盾となる蟲を召喚して間一髪で防ぐが、グリムはすぐに体勢を整えてその剣を、ゼフの脇腹の方へ振り払うように攻撃する。


(まずい……)


 ゼフは残り僅かな魔力を使い、今使える最高位の移動系の魔法を唱える。


「『テレポート』」


 魔法を唱え、その場から姿を消し移動した場所は自分の全く知らない場所だ。

 周りに障害物はなく、草が生い茂った見晴らしの良い場所。

 ゼフが後ろを向くと、グリムも移動魔法と探知魔法を使って追いかけてきていた。


「諦めろ、お前はもう無理だ」


 ゼフはその言葉を否定できなかった。

 何故なら先程の魔法で魔力が三割を切ったからだ。

 だが、それでもまだ諦めるわけにはいかなかった。


「残念だが、諦めの悪さだけはお墨付きだ。行け、デスワーム」


 ゼフがそう唱えると、大きなミミズのような化け物が大きな口を開いてグリムの周りを囲む。

 その数約一〇〇〇体である。

 しかし……。


「こりねぇみたいだな。即死魔法『デス』ッ! 対象は蟲だ!」


 たったそれだけのことで、泣けなしの魔力を使って召喚した約一〇〇〇体ものデスワームが絶命する。


(くそっ、どうすればいい…… やはり最後の手段をとるしかないのか……)


「そろそろ追いかけっこも飽きた。これから仕事がある。安心しろ楽に終わらせてやる」

「そうか…… 俺はこれで終わりらしいな……」


 ゼフはもう何もかも諦めた、そんな表情を浮かべていた。

 グリムは魔法でゼフ魔力が完全に尽きてない事を確認していたので、もしもの時のためにゆっくりと近づく。


(いや、できるはずねぇ。この程度の魔力で。だが、警戒の意を込めて一撃で決めてやろう。蘇生魔法には注意してな。まあ、それは殺してからでもいいだろう)


 グリムが考えを固め飛び出そうとした時、既にゼフが懐に隠していたあるアイテムを使っていた。

 そのアイテムには名前はなく、ただ偶然見つけたものだ。

 だが、そのアイテムには魔法が込められていた。

 中には転生魔法という新しい生を得るという魔法だ。

 転生魔法は簡単に使えるようなものでは無い。だから、流石のグリムも動けないでいる。

 しかし……この状況を脱する事ができるのがこんな物とは本当に嫌になる。

 眩い光がゼフを包み込む。


「ぐわっ! その光はお前転生する気か! させるか!」


 グリムはゼフが転生魔法を使っているというのに気づき飛び出す。

 しかし、その行動よりも先にゼフの使用したアイテムに込められた転生魔法が発動したのだった。


✳︎✳︎✳︎


 目が醒めると知らない森に居た。

 とても静かであり、全く襲われる気配が無い。

 周りに何もないことからひとまずは転生魔法が成功したようだ。

 しかし、直後自分の手を見て驚愕する。


(何故赤ん坊ではないんだ……)


 普通、転生魔法は生まれ変わる魔法のはずだ。

 しかし、服装など見ても、全く変わっていない。

 もしかすると、転移しただけなのと考えつつ、まずは周囲の確認を始める。


(見た所、変わっているところはない。だが、それだけで警戒を緩めてはいけない)


 ゼフは覚えている一五〇八個の隠蔽魔法を唱えた。

 隠蔽魔法は自身のあらゆる情報を偽装する魔法である。

 そして、攻撃等を受けないよう、これまた覚えている二〇〇八個の阻害魔法を使う。

 阻害魔法は相手からの魔法を防ぐ役割を持っている。

 次に探知魔法を五種類ほど使い周囲に生き物がいるかどうかを調べ始める。

 探知魔法は敵の情報を調べる為に使うものだ。

 所詮は気休め程度、そう思っていたが……。


(なんだ? 生き物の集団がいる。いやそれよりも、こいつらどうして阻害魔法を発動してないんだ? 情報がダダ漏れだぞ。もしかして罠か?)


 ゼフが元いた世界では、阻害魔法は最低でも常時百個程発動しなくてはならないというのは常識である。

 しかし、こいつらは使っている様子はない。

 

「真実を確かめるには、直接見て確認するしかないか……来い、デスワーム」


 そう名前を呼ぶと、魔法陣が現れ割れる。

 すると、三体のデスワームが召喚される。

 デスワームはグルグルと唸りながらこちらを見つめている。


「護衛を頼む」


 そう命令し、ゼフは探知魔法を使いながら生物の反応がするところに近づいていく。

 やがて、ちょうど良い木の陰を見つけると気付かれないように隠れる。


「……何しているんだアレは?」


 ゼフの視線の先、そこでは馬車が数人の男に襲われているようだった。

 周りには騎士らしき男達がやられている。


「情報が欲しいな。仕方ない、デスワーム。囮になってくれ。できるならば弱い奴を一人だけ生かして後は殺せ」


 敵が強かった時のことを考え、ゼフは逃げる準備をする。


「デスワーム、行け。合図があるまで待機していろ」


 ゼフがそう命令すると、デスワームは地面に潜るのだった。




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