第38話 婚約者はやっぱりいろいろ面倒くさい 3
オスカーの父は治めている土地へこもり、隠居生活をおくることに決まった。そこで一人で静かに暮らすという。
オスカーはしばらく領主としてこの地に滞在はするが、オスカーの父が残した借金や侯爵家の醜聞(しゅうぶん)があり、落ち着いたら王都に戻ることになるそうだ。
侯爵家の名誉挽回をしなくてはならない。
両親も傍にいない今、オスカーの力量が問われることになる。
そうしているうちに、時間は過ぎていく。
日差しがさし込む時期が過ぎ、風が穏やかになっていく。青々しい葉の色がかわっていく。あれだけぎらついた太陽が、穏やかになっていく。
周辺の畑では収穫の時期になり、人々が作業に忙しくなる時期である。
「姉さま、カタリナ様!みてみて!」
ココとキキが作業着を着たまま、部屋に走ってきた。顔には土がついている。
とってきた作物をカゴいっぱいに抱えて、カタリナのいる部屋に来た。
二人は暑い季節、外で様々な体験をした。作物の育て方、植物の種類、虫の名前。ナイフなどを使い、料理のお手伝いをすることもあるようだ。
この土地の子どもになってきている。
二人のお人形のような金の髪は色鮮やかで帽子をかぶってもさらさらと揺れる。
その姿が可愛らしい。
「まあ、大収穫ね。色も綺麗だわ」
ソフィアはカゴの中を見ると笑顔になった。今日とれた野菜を使って食べる夕飯はおいしいだろう。
「本当に、とても美味しそう。緑のにおいがする」
カタリナも編み物をしながらカゴを眺めた。今はソフィアとカタリナは服の製作をしている。
カタリナもいろんなことをしてみたいとソフィアに願った。お腹も大きくなってきて体調が安定すると、カタリナはソフィアの仕事をお手伝いしたいと言ってくれたのだ。
カタリナは昔お裁縫など一通りしたことがある、教育を受けたご令嬢。丁寧な作業をしてくれるので、ソフィアが教えて行くとメキメキと上達していった。
自分で生きていくと決めたカタリナはどんどん健康的になっていく。前はそれほど食事の量もとらなかったが、今はソフィアたちと同じくらいに食べられるようになった。
体つきもふっくらしてきて、健康的になってきた。一緒に仕事をしていく上で、これくらい健康であった方がソフィアも安心だった。
「今日の収穫は途中でオスカーも来たんだよ。お祖父様に命令されたってヨゼフが笑っていたよ」
「まあ、オスカー様が?」
「うん、最近外に出てないから体を動かせって」
ココがソフィアに今日の畑での出来事を報告してくれる。オスカーも仕事で忙しいのだろう。
手紙は時折もらうが、二人で会うこともない。もし会うことがあっても、それは友達としてだろう。
二人は、婚約を解消した。
*******
「マーティン様、ここまでご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「いやいや、オスカーも親に恵まれんことだ。親の恥を出すのも辛かろう」
「いえ、どうにかしなければならないことですから。侯爵家のことを考えても、これが一番の結果だったと思っております」
オスカーの父が領地に帰ったのを見送り、広間に戻って話すことになった。オスカーがマーティンに礼を述べた。
「これからが大変じゃ、侯爵家といっても一枚岩ではなかろう。親戚もうるさかろう」
「それもいつかは向き合わなければなりません。わたしが侯爵家の跡取りとして、認めてもらうしかありませんから」
「ほう、期待しておるぞ。して……何かこの後頼み事があると聞いたが、なんじゃ」
マーティンには折り入って相談をしていたというオスカー。ソフィアは何事かとオスカーを見た。
そしてオスカーはちらっとソフィアを見た。それから改めてマーティンに視線を向ける。
「王から命じられた、ソフィアとの婚約を破棄したいです」
「何か、ソフィアが不満なのか?」
ギロリとオスカーを睨み付ける祖父。ソフィアもどういうことかよくわからなかった。今にもオスカーにかみつきそうな祖父をなだめたのはマーティンだった。
「いえ、ソフィアに不満はありません。わたしはソフィアには直接婚約を断られました。もちろん最初はこちらが出した婚約破棄の書類がきっかけです」
「わたしも自分勝手な思い込みで、ソフィアには大変迷惑をかけてしまいました」
オスカーとカタリナは頭を祖父に下げた。ソフィアは何度もカタリナからは謝罪をうけたので、もう気にしてはいなかった。
祖父はふたりから頭を下げられて何も言えないようだった。
「わたしは、王の命令とか……貴族との政略結婚でソフィアと結婚はしたくはありません。貴族ではありますが、ソフィアとはそんなしがらみはなく、ひとりの女性として結婚したいです」
オスカーは緊張した面持ちでソフィアと、マーティン、祖父を見た。
「だからこれからきっと侯爵家を復興させます。そしてフィル様、マーティン様に恥ずかしくないようお役目を果たします。そうしてからソフィアにもう一度会いにきます。もちろんそのときにソフィアに好きな人がいて、結婚していても構いません。何年かかるかわかりませんし、待てとも言えません」
「婚約破棄というか、契約そのものを白紙といった方がいいのかの?」
「はい、すべてをなかったことにできると思いません。ですが、このままソフィアと婚約しても彼女を縛るだけになってしまいます。それはわたしの本意ではありません」
「ソフィアはそれでいいのか?」
「わたしは……」
ソフィアは急な展開に答えが出せなかった。王からの命令で婚約破棄をなかったことにしたということ。
そしてそのために領主として派遣されたオスカー。葛藤があったと思う。
ソフィアは自分から結婚にしても婚約しても進んで何かしようと思ったことがない。王都にいるときは、しがらみが多すぎる貴族同士の結婚。
こちらに来れば、好きなことはできるし、自分は自由でいられる。
「わたしはこちらで暮らしていきたいです……カタリナ様とやりたいことがたくさんありますし。これから子どももうまれますから」
「ソフィアは好きなところで生きていいと思っています。侯爵の地位はありますが、こちらに通います。どんな形であれ、わたしにはソフィアだけが人生の伴侶だと思っていますから」
「そうじゃの……フィルの心配もわからんではないの。これは見張り役として、わしも見届けよう。ソフィア、カタリナの子どもの後見人の一人になるのはどうじゃ?」
「わたしが後見人ですか?」
ソフィアはマーティンの提案に目を見開いた。
「ああ、子どもが大きくなるまで一時的にソフィアにわしの伯爵の地位を預けよう。オスカーが王都に帰ったら、オスカーの代行として領主代行になるといい。これでこの土地にいる必要があるじゃろ?血統も母親が伯爵家、この地域では一番の領主の孫娘。問題ない選択じゃ」
「でもわたし……」
「女であろうとも名君は名君になれるんじゃ、ひとのために事(こと)を為(な)す。それ以上に名君の器があるのか、わしは聞きたいわい」
ソフィアは頭が真っ白になる。提案に言葉を発することができなかった。
自分が領主代行になり、この土地を治める手伝いをする。そしてカタリナ様の子どもの後見人にもなる。伯爵家の位を一時的にもらい受ける。
身に余る光栄にすぐに答えはでなかった。
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