第34話 領主の過去、一難ありて 4
それからカタリナ様は、表情が柔らかくなった。食欲も少しずつでてきた。痩せていた頬も、どことなくふっくらしてきたような気がする。
もともと頬がふっくらとしていて、丸顔の美人であるカタリナ様はますます綺麗になっていく。
ソフィアの年齢くらいのときには、オスカーをうんだそうだが、年齢を感じさせない美しさだった。
「カタリナ様、今日は少しお散歩をしましょうか」
「ええ、今日は暖かいのね」
ソフィアは仕事がないときは、カタリナ様に寄り添っている。
父も花をかえに顔を出すこともあるし、双子たちも夕方になるとカタリナ様に今日の出来事を報告にくるのだ。
母も周辺の人からもらったお菓子などお土産をカタリナ様に持ってくる。
カタリナ様はどんなときも笑顔だ。王都にいるときは、笑顔の姿を長年みたことがなかった。ソフィアはカタリナ様に嫌われているとずっと思っていた。
幼いころは綺麗だけれど、いつも不機嫌なご婦人という印象だった。オスカーと婚約してから、不機嫌の矛先はソフィアに向いてきた。
なぜそんなに感情をぶつけられるのか、ソフィアにはわからないことが多かった。
オスカーとの婚約を不釣り合いと言われた。だがその表情がとても辛そうにゆがんでいた。
「カタリナ様、そろそろ暑くなってくる季節ですから。お肌に刺激がないように、羽織り物をかけましょう」
肌が真っ白なカタリナ様には、直接太陽の光を浴びたら赤くなってしまうだろうとソフィアは思った。
肩に一枚ストールをかけて、帽子を差し出した。どれも王都で購入したもので、使っていないものだ。シンプルだけれど、質はわるくはない。
「ありがとう、ソフィア……」
カタリナ様はまぶしい笑顔をソフィアに向けてきた。
ソフィアはゆっくりとした足取りでカタリナ様と屋敷の庭を歩き出す。
屋敷内は王都のような鑑賞用の庭は少ない。あるのは、実用的な野菜などを作る畑。そして品種改良として花をいくつか栽培している施設がある。
ただいろんな種類があるので、見ているだけでも楽しい。
カタリナとソフィアは季節の花々が栽培されている小屋に出向いた。水音が聞こえる建物の中、さんさんとした光が植物を照らしていた。
「本当に綺麗……」
ソフィアはカタリナの容態はどうか気にしながら、花々を見つめる。
カタリナはゆっくりした時間を楽しむように微笑んだ。
花が咲いたような笑顔。
今まで枯れてしまった花がしっかり根付き、そして新たな葉をつけ、蕾をつけたような力を感じた。
「カタリナ様……そこに椅子があるので座りながらゆっくりしませんか?」
ソフィアの提案にカタリナは頷き、木製の長椅子に二人で腰をかけた。
カタリナの悪阻は少しずつ落ち着いてきた。それにともない腹部にはゆとりをもたせる服を着てもらい、しめつけがないようにしていた。
ソフィアは持っていた服をアレンジして作り直し、いい生地を見つけて新しい服をカタリナの為に作った。肌に優しい素材を使い、心も体もゆったりとできるように考えた。
「ソフィア、いろいろ気遣ってくれてありがとう」
「いえそんな……」
カタリナにお礼を言われ、ソフィアは驚いてしまった。
カタリナには元気になってほしい一心で身の回りのことをしてきたので、見返りを考えたわけではなかった。
ソフィアひとりであったら負担として重く感じたかもしれない。
だが、みんなでできる事をして、カタリナを支えていたから大変と感じたことはなかったのだ。
「わたしここに来てほんとうに元気になっていくのがわかるの。最初はただ苦しくて逃げたかった。ここにきて自分のことをゆっくり振り返る機会をいただけて、もう一度がんばろうと思えてきたのよ」
「ええ、カタリナ様の表情がいきいきとしてきています」
「ソフィアたちには、これからも迷惑をかけてしまうと思うのだけれど。これからうまれる子どもたちのことを考えて、遠慮してはだめなのだって。ビアンカ様にも言われてしまったわ」
「そうですよ、今は元気なお子さんをうむことが一番だと思います」
「ありがとう。だから、わたし考えたの。どうすることが一番いいことなのかって」
「一番いいこと……」
「ええ、わたしはこちらで子どもをうんで。ここで子どもを育てたい。オスカーが領主でいる限り、こちらで過ごそうと思うの」
「ええ、できる限りですがお手伝いさせてください」
「ありがとう、ソフィア」
ソフィアはその言葉を聞いて、カタリナ様なりに将来を考えた結論だと思った。 侯爵夫人であるカタリナがこちらで出産をする。いろいろ準備が必要だ。
またこちらで子どもを育てるといったら、オスカーの父親を説得しなければならない。
カタリナにそういった力があるのだろうか。そういう心配もある。
カタリナの実家はもう両親はいない。弟夫婦が男爵の地位をついでいるらしいが、カタリナの戻る場所はないという。カタリナが頼れるのは、もうオスカーしかいないという。心細い気持ちは想像できた。
二人で暖かい日差しを受けながら花を見ていた。すると建物に近づく足音が聞こえた。
ソフィアは気配のする方角に顔を向けた。オスカーだった。
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