第2話『半分こにされた少年と少女』

 烏丸銀星からすまぎんせいは、開現寺虚子かいげんじきょうこの家の居候である。共に両親は他界しており、身を寄せ合って暮らしている。虚子は、身体能力が致命的に弱く、車椅子なしでは体を満足に動かすことができない。家事や力仕事や身の回りの世話全般は烏丸が行っている。烏丸のやっていることはほぼ介護に近い。


 とは言え、経済面では全て虚子に依存しているので、見方によってはヒモにみえなくもない。虚子は、親の遺産を元金として、ハッキングによって企業から不正に入手したインサイダー情報をもとにした株式売買いだけで資産を100億まで増やした。


 もっとも虚子曰く、ダークウェブ経由で銀行のデータベースの預金の数字をちょちょいと改竄して、更に資金を何回かロンダリングすれば簡単に数字上は日本一の金持ちになることができるそうだが……さすがに、そこまで行くと悪目立ちというか、厄介な連中に目をつけられるのを避けるために、極力お金は増やし過ぎないように心掛けているそうだ。


「かーちん。おなかすいたなの」


「ほら。出来立てのホイコーローだ。今日はYouTubeで学んだ野菜の油通しというテクニックを取り入れてみたぞ。いつもより野菜がシャキシャキしてうまいはずだ」


 虚子は、フォークでキャベツとピーマンを突き刺し、口に入れてもぐもぐと咀嚼する。箸は負担が大きいので、基本はフォークとスプーンで食事をするスタイルである。


「うん! ホイコーローあついけど、うまうまなの! さすがかーちんなの」


「隠し味程度にコチュジャンとか入れたんだけど、辛くなかった?」


「ピリ辛だけど、食欲がすすむの。おいしいなの!」


 虚子は、満足げに親指を突き立てる。


「やったぜ!」


 と言いながら、銀星は心の中でYouTubeの良く知らない料理動画のおじさんに感謝した。元々はカット野菜と豚の小間切れ肉を焼き肉のタレで炒めた野菜炒め()程度しか作れなかった銀星だが、YouTubeで料理動画を視聴するようになってからは、料理のスキルが飛躍的に向上したのだ。YouTubeの料理動画さまさまである。


 ――もっとも虚子は、その簡単な野菜炒めや、カレーを作っていた時でも『おいしい』と言って食べてくれていたのだが……。


「おいしかったの。ごちそうさまなの」


「はい。おそまつさまでした」


「かーちん。辛いの食べて、ちょっと汗かいたからお風呂に入れて欲しいなの」


右手をうちわのようにあおぎながら、虚子は言う。


「おーけー。それじゃミームの着替えをとってくるからちょい待ってて」


「ありがとなの」


 元は大雑把な銀星であるが、家事、掃除、料理などは手を抜かずしっかりとこなしている。もちろん、事実上のヒモ生活をさせてもらっている虚子に人として、多少の後ろめたさがあるからという理由もあるが……それ以上に銀星には、虚子に返したくても返しきれないだけの恩があり、できる範囲で返したいという思いが強いのである。


「それじゃ、風呂場に連れていくから俺の背中につかまって」


 おぶりやすいように、膝をついて待つ。


「ぶー、なの。お姫様だっこの方が、良いなの」


「おーけー。でも両手がふさがるから、着替えの服はミームが抱えていてくれよ」


「はいなの」


 都内でも港区を超える、真の富裕層が集まる千代田区の一等地に200平米の広さの20億円のマンションに暮らしている。更に、サーバーと冷却用機器の電力確保のための改造工事と、超高速ネットワークケーブル確保のための改造工事に10億。……総工費30億円の大豪邸である。


 これは虚子の成金趣味というよりも、サーバーを稼働させるための電源が確保やネットワーク回線、バリアフリー対応、セキュリティーその他にもろもろに必要だったのだ。


 このマンションのほとんどは、無造作に縦積みされたラック型のサーバーとスパゲティーのように複雑に絡み合ったケーブルと、その他雑多な特殊な機材で埋め尽くされており、事実上使える部屋は虚子の引き籠り部屋と、銀星と虚子の相部屋用の寝室の二部屋である。


「それじゃーそこの椅子座って。服脱がすぞ」


「はいなの」


 服を脱がせることも、体を洗うことも最初は照れや煩悩の葛藤などがあったが、虚子の体がこうなった責任が自分にある事を考えると、当然の責務と考えるようになっていた。……いまは日常の一部になっているため、一緒にお風呂に入る事に何ら違和感を感じることはない。


「それじゃー。背中から洗うぞー」


「お願いしますなの」


 虚子の背中は小さい。既に結婚可能な年齢であるにも関わらず、身長はわずか133㎝である。目に見えて分かる外観の特徴以外にも、免疫力の低下、筋力の低下など、もろもろの影響は出ている。


「かーちん……神妙そうな顔して、さっきからなにボクのおっぱいもんでるなの」


「ごめん。ちょっと考え事してた。一休さんもとんちを出す時に頭を指でぐりぐりするでしょ? あれみたいな感じのクセだよ」


「かーちんは、いったい一休さんを何だと思っているのなの」


「ごめん言い直す。ミームの銀髪はいつも綺麗だなあってみとれてたの」


「とってつけたような言い訳しても、遅いなの。ぶーぶー」


 絹のように細くて繊細な銀髪と、金眼の虚子は、まるでドールのような一種――非人間的な美しさがあるのは事実であり、虚子の美貌を維持するのは銀星のライフワークになっている。なお、普段虚子が着ているメイド風の意匠を施した服は――虚子の趣味ではなく、銀星の性癖が反映されている……。


「それじゃ、浴槽にいれるぞー」


「あいなのー」


 両脇をひょういと掴んで、一緒に浴槽につかる。入浴中に溺死しないように安全性も考えてこの豪邸には相応しくない、狭めで低めの風呂である。もちろんバリアフリー対策として、両サイドに鉄の取ってもついている。


「……ミームの体の半分を奪った怪異見つかるかな。前回撲殺したカシマレイコっていう怪異は、体の一部を奪う怪異だっていうからちょっと期待したんだけどね」


「かーちんは気にしすぎ! ボクはかーちんが居るから不便してないよ」


 銀星と虚子は8歳のころからの幼馴染である。幼少の頃の銀星が呼び出した怪異に本来は銀星の命は奪われていたはずだった。虚子がその怪異との契約を『烏丸銀星の命を捧げないその代償として、烏丸銀星の魂の半分と、開現寺虚子の体の半分を贄として捧げる』という内容に書き換え、共に命の半分づつを捧げることになったのだ。


「昔のことだし、気にしないなの。かーちんだって、魂を半分奪われてるからボクとおあいこなの」


 虚子が、身体能力の半分を奪われたように、銀星は魂の半分を奪われている。銀星は、この世とあの世の丁度半分くらいの希薄な存在になっているのだ。


 学校に通っていても、クラスメイトや先生からは存在が認識されず、記憶にも残らない。認識されないといっても一瞬一瞬の手続き事、例えば、市役所の手続きも問題なくできるし、戸籍もある。コンビニでの買い物も問題なくできる。


 ただ――かかわった相手に銀星の記憶は残らないのだ。


 だから、虚子以外の人間とは深い仲を築くことができず、実体をともなった幽霊のような存在となっている。それが、彼が怪異に支払った代償だ。


 過度に銀星が体を鍛え上げることに執着するのも、失われた魂の半分を、肉体で補うためなのかもしれない……。


「かーちん。神妙そうな顔しながらボクのおっぱい揉み続けるのはどうかと思うなの」


「ごめんミーム。手が滑った」


「手が滑ったなら仕方ないなの」


「あんまり長湯してるとのぼせちゃうから風呂あがるぞー」


「了解なの。お風呂あがったら、かーちんに相談したいことがあるなの」


「都市伝説の怪異絡みの話?」


「正解なの。さすが名探偵かーちんなの」

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