【妹の日記念】how to 理想の妹 <前編>
――
子供の頃は、とても仲が良かった。それこそ、遊びに行った親戚の家で、『莉々華ちゃんはお兄ちゃんにべったりね』なんて微笑ましげに言われるくらい。小学校のクラスメイトに、『甘えんぼだー』なんてからかわることもあった。
でも、当時の莉々華はそんなこと、ちっとも気にしたりなんてしなかった。
だって、自分がお兄ちゃんのことを大好きなのは本当のことだから。
優しくって、頼もしくって、いつだって守ってくれる自慢のお兄ちゃん。大好きで、大好きで大好きで、『大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!』と、冗談でもなんでもなく本気で思っていて。
……なのに。いつからだっただろう。
兄のことを、『お兄ちゃん』と呼べなくなったのは。
◆◆◆
「よっ……ほっ……ふぬっ……せやっ――あああああっ!?」
夜十時。少女の寝室に、痛恨の悲鳴が響き渡る。
ゲーム機を握り締め、愕然とした表情で画面を見つめているのは、この部屋の主人、大石莉々華。
「ああー……また最下位……」
力なく呟いて、とすん、とベッドに腰を落とす。そのまま、ゲーム機を放り出して、パタリとベッドに倒れ込んだ。
「はぁぁぁ~……」
憂鬱そのもののため息が、うつ伏したその口から零れ落ちる。ちらり、とその目が見つめるのは、ベッドの上に放っていたゲーム機。
『ゲームで一位を取れたら、お兄ちゃんを誘おう』。
そう決意して、もう一ヶ月近く。毎日毎日練習しているけれど、一向に上達の兆しも見えない。『むしろ下手になっているのでは?』という疑惑さえあったり。
「は~ぁぁぁぁ~……」
再び、特大のため息が莉々華の口から漏れる。兄のためにミディアムにした髪が、吐息に吹き散らされ、揺れた。
……子供の頃なら、こんな風に悩むことなんてなかった。ゲームの上手い下手なんて関係なく、当たり前に、『一緒に遊ぼう!』と兄に甘えることができていた。しかし、今の莉々華はといえば、素直に『お兄ちゃん』と呼ぶことさえできない。大好きな気持ちは今でも変わらないのに、顔を合わせるとつい冷たい態度を取ってしまって、呼び方も意地を張って、『兄貴』なんて言って。
そんな自分を変えたくて、ちょっとでもお兄ちゃんの好みに近付きたくて、練習を始めたゲーム。でも、やればやるほどに悩みは深まるばかりで、『自分はこのまま仲直りできないんじゃないか』、なんて不安さえ頭をもたげる。
「……はぁ」
最早、ため息もろくに出ない。
暗い気持ちを少しでも誤魔化したくて、莉々華はスマホに手を伸ばした。SNSアプリを開き、表示された投稿をぼーっと眺める。
――そのとき。ふと、気になる広告が目に留まった。
『“お兄ちゃんと仲良くしたい……でも素直になれない”、そんなお悩みを抱える妹の皆さん! レンタルお兄ちゃんで、仲直りの練習をしてみませんか?』
その。まるで自分に向けられたかのような宣伝文句に、莉々華の目は吸い寄せられる。
「レンタル……お兄ちゃん?」
◆◆◆
レンタルお兄ちゃん、
……ということも特にないのだけれど、曜日を問わずバイトが入っているので、日曜だからとのんびり寝坊していられないのは確かである。
本日も、圭太はお兄ちゃんとしての責務を全うすべく、お馴染みの店舗でアルバイトの真っ最中。
より具体的にいうと、遊びに来ていた
「よっ! ほっ! ふぬっ! せやー! とりゃーい!」
「……あのな、初葉。そんなに腕を振り回してもスピードは上がらないからな?」
並んで座るソファの上。右に左に前に後ろに、動き回る初葉を横目に、圭太はやんわりと助言。
二人が遊んでいるのは、某メーカー発売の家庭向けレースゲーム。スターを取って無敵になったり、前方走ってるライバルを甲羅で狙い撃ちにしたり、ジャンプ台から飛んだ瞬間に雷打ち込んで奈落の底に突き落としたりされたりする、あのゲームである。
ゲーム類はお店の備品の一つだ。様々な妹様のニーズにお応えできるように、用意してあるもの。
初葉は普段、テレビゲームにはあまり興味を示さないのだが、圭太が「ちょっとやってみないか」と誘ってみたところ、見事にハマったらしい。今日もお店に来るなり「お兄ちゃん、ゲームしよ!」と言ってきて、開店からずっと二人で遊び倒している。
「んんんんっ。んー!」
「だからな、初葉。曲がるときわざわざ体傾けなくてもいいんだって……」
画面上、初葉の操るキャラクターはカーブに差し掛かっていた。曲がる方向に合わせて初葉の体も『ぐいーっ』と横に倒れる。そして圭太はどんどんソファの隅に追いやられていく。
どうやら初葉は、レースゲームをやると自分の体まで動いてしまうタイプらしい。どうやらというか、見るからにそうとも言うが。
「あ、やば、バナナ踏んじゃった! あっ、抜かれちゃ、あっ、あっ! あー!!」
隣から、初葉の悲壮な悲鳴が聞こえた。同時に、画面の中で初葉の操作キャラが踏み潰されぺちゃんこに。
「だ、大丈夫か?」
「いいの! アタシのことは気にしないで、お兄ちゃんは先に行って!! そのままゴールして!! きっと追いつくから!!」
「ああ、うん……」
涙目の初葉に訴えられ、圭太は問題なくゴール。そして初葉は最後まで追いついてくることなく、最下位のままレースを終えた。
「うう、またビリ……途中まで調子よかったのにー」
「でも、実際惜しかったと思うぞ。どんどん上手くなってるし」
「ホント?」
「ああ。正直、俺もちょっとヒヤヒヤしてる。あっという間に追い抜かれそうで」
「そ、そっかなぁ、えっへへ~。じゃあじゃあ、お兄ちゃん! もっかいやろ、もっかい!」
「あ……悪い、初葉。実は今日――」
と、圭太が口を開きかけた矢先。
「……あの。今日、予約入れてた大石です、けど」
ドアのほうから遠慮がちな声が聞こえて、圭太と初葉はそろって振り返る。
活発そうなミディアムヘア。垢抜けた雰囲気は初葉に似て、いかにも陽キャという感じだけれど、今、その表情は戸惑ったように曇っている。
彼女が今日のお客様――もとい、『妹様』。
圭太にとっては初めての、学外のお客様なのだった。
◆◆◆
ご予約の妹様は、『大石莉々華』と名乗った。
ひとまず、圭太は彼女をテーブルにご案内して、レンタルお兄ちゃんの趣旨を軽く説明。一通り話し終えたところで、今度は莉々華の希望を聞く。……何故か同じ『妹様』である初葉も同席しているが。しかも、お兄ちゃんである圭太そっちのけで、妹同士で話が盛り上がっちゃったりしているが。
「そっかぁ、お兄ちゃんと仲直り……そのための練習がしたいってことだね! オッケー! アタシとお兄ちゃんに任しといて!! ね、お兄ちゃん!」
「お、おう……」
「ホントですか!? ありがとうございます……! よろしくお願いします!」
勢い良く席を立ち、莉々華は深々とお辞儀。すかさず、「そんないいよー」と初葉が手を振る。
「りりちゃんも一年でしょ? だったら同い年だし、敬語とかも要らないって!」
「そっか……じゃあ、改めて、よろしくね初葉!」
「うん! お兄ちゃんと仲直りしたいって気持ち、アタシもよ~~~~っくわかるから!」
がっし、と手を握り合い、初葉と莉々華は早くも意気投合。そして蚊帳の外の圭太。
「ゴホン! えーっと……じゃあ今日は、俺を練習台にして、お兄さんと話せるよう特訓する、ってことでいいのかな?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
何故敬語に戻る?
「参考までに聞きたいんだけど、大石さんのお兄さんってどんな人?」
「えっと、うちのお兄ちゃ――兄貴はですね。もうすっごい優しくって! あとゲームが超上手くってですね! 最近はあの、あれです。スター取って無敵になるレースゲームがブームみたいです」
「……なんか詳しいね? 最近はあんまり話せてないって言ってたけど……」
「話す機会はないけど、お兄ちゃ――兄貴の部屋にはよく行くので」
「あ、じゃあ、部屋に遊びに行くくらいには仲いいんだ?」
「いえ。出掛けてるときにこっそり」
「――――」
一瞬無言になった圭太を見て、莉々華は『え? なんかおかしいです?』と言いたげに目をぱちくりさせた。その横で初葉が、「いいなぁ……」とため息。
「アタシもお兄ちゃんの部屋に遊びに行きたいな~。じ~」
「来てもいいけど、俺のいるときにしてくれな?」
≪後編に続く≫
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