異世界転生人スレイヤーズ~転生者だけに効く特攻スキルで女神とともに平和を目指す~
小川和布
第1話 女神さまと第二の人生を~You Only Live Twice~
目が覚めた場所はまるで雲の上のように白く、何もない地平線が広がる、そんな場所だった。
身体の感覚もなく、自身の意識だけがふわふわと宙に浮かんでいる。
そのゆったりとした時の流れの中で自分の名が
他人と比較すると少し自堕落だったかもしれないが何の変哲もない普通の人間だっただろう。
社会人生活三年目。友人の紹介で入った会社の業務にもやっと慣れてきて、一人で案件を任されてくるようになっていたところだった。
──そうだ。俺はトラックの前に飛び出してきた子供を救おうとして。
咄嗟に子供を掴んで放り投げたはいいがその後のことは覚えていない。恐らく自分は死んでしまったのだと光佑は思った。
家族や友人に何を返すこともなく死んでしまったのは悔やむことではあるがそれを長々と引きずるほどセンチメンタルでもなかった。
「年齢・性別、ルックスはまあおまけして、合格ラインですね」
何やら失礼な言葉が聞こえた方に光佑は意識を向けるとそこにはまるで女神のように美しい女性がそこにいた。
すらりとした体型のようでいて出るところは出ているまるで男性の理想を体現したような身体つき。
ロングヘアから分かれた二つの頭髪は青く透き通っていて天女の羽衣のようである。
大きく胸元が開いた純白のドレスはそれでいて高潔さを感じさせ、自身を異質な存在であると語っているようだ。
そんな女性が品定めをするように光佑を見ている。
多少背筋がピンと強ばるのも無理はなかった。
「コホン、えー人の子よ。そう構えることはありません。まずはリラックス、リラックスです」
「きみは……」
「どう見えます? まあ可愛くは見えているのでしょうけど。なんせ貴方の頭の中の女神というイメージをそのまま使って実体化しているだけなのですから」
「そうかな? 初任給もらった時に連れてってもらったソープ嬢そっくりに見えるけど。いや~かわいい子だったなあ」
これは光佑なりの場を和ますためのジョークである。
実際に行ったのは光佑の同期で給料を全て使い切り、職場の先輩に金を借りたと言っていた。
「い……いやいやありえないー! イメージを実体化とか嘘なのに、女神としてなんでもできるということを見せたかっただけなのに、ワタシさまの清純なイメージがあぁ……」
自称女神は頭を抱えると消えたいと呟いた。
そして文字通り姿が透けていくのを見て取り残されると思った光佑は慌てた。
「さっきのは冗談! 冗談だから消えないでくれ!」
光佑の言葉を聞いて、不服そうに自称女神は元の姿を取り戻した。
「ワタシさまに恥をかかせるなんて性格面の評価はマントル超えて最悪まで落ちました」
「けどきみも俺のイメージを使って姿を見せてるとか嘘いうから。黙っていれば俺にもそう見えてたって」
「……それは私がかわいいからでしょうか」
「あ、ああ。もちろん」
「では
「はいはい、鬼子姫さまかわいいですよ」
「それは神に誓ってですか?」
いやあんたが神ではという言葉が喉まで出かかったが堪える。
「……うん」
「ふふっ、まあいいでしょう。あなたに悪気があったわけではないのですし」
頭頂からぴょこんとはねている毛束を左右に揺らし、喜びを表現している様に光佑は犬のしっぽをイメージしてしまう。
「それでですね、えーと……何言おうか忘れました。と、とにかく。あなたには他の世界でヤカという生物を根絶させて欲しいのです!」
「ヤカ? それはもしかしてモンスターというやつ?」
「まあ似たようなものですね。これからあなたが行くフィルダウスという世界では増えすぎてしまったので、生態系の保護という観点から駆除が必要になってしまったのですよ」
「まだ行くとは一言も」
「またまた~ あなたは志半ばで死んでしまった身、普通だったら記憶も何もかもがリセットされてしまうのですよ。こんなセカンドチャンスそうそうないんですからね」
鬼子姫と名乗る女神はまるで教師のように人差し指を立てた。
たしかにこの神様の言うとおり、二度目の生を別の世界で送れるというのなら断る理由はないのかもしれない。
それに光佑を生き返らせてでも必要としてる人がいるのならそれに従ってもいいと光佑は思う。
しかしそれでも未知への恐れによって迷う気持ちもある。
「そうそうにそのヤカなんてものに殺されてしまうかもしれないけどね」
「そんなことはありえません。ヤカに対して有効なチートスキルを与えちゃいますので」
「そんなことできるんだ」
「女神ですから!」
チートスキルと聞き、ゲーム的な世界をイメージした光佑は俄然わくわくしてきた。
子供の頃に夢にみたアニメやゲームの世界に行けるのだと。
「光佑さん」
初めて鬼子姫に名前を呼ばれ思わず振り向く。
「楽しみですか?」
「もちろん!」
光佑の言葉を聞いて、女神は美しく微笑んだ。
「──それでは向かいましょうか。新たな世界へ!」
自称女神の鬼子姫の号令により光佑の意識はぐるぐると渦を巻くように消えていく。
その最中にある言葉がふと耳に入った。
「貴方を選んだこと後悔させないでくださいね」
*
次に
熱帯植物のように葉が大きく、また太い茎に無数の葉が付いているのもあり、まるでジャングルに迷い込んだようだ。
手を開いたり、閉じたりと光佑は身体の調子を確かめるが生前と何ら変わりはないようだった。
「光佑さん!」
「うわっ!」
突然背後から声をかけられて、背筋をピンとはる光佑。
振り返ると
白いドレスではなく、金の刺繍が施された純白のローブを羽織っており、中には動きやすそうなフリルのついたベアトップを着用している。
縁に二本の角が付いたとんがり帽子を被っているために綺麗な青髪が見えないのは残念だなと光佑は思った。
「鬼子姫さま、なんでついてきたの」
「一応光佑さんがさぼらないように監視役としてきたのです」
「ああそう。それにしてもいつのまにか服変わってるじゃん」
「あれは部屋着なので」
「部屋だったのあれ」
「ワタシさまの話はどうでもいいのです。とりあえず街に行きましょう。こういうジメジメしたところは嫌いなので」
鬼子姫が先導しようと足を踏みだそうとした瞬間、近くで女の子の甲高い悲鳴が聞こえてきた。
初めて降りた異世界で助けを求める声。
これは一般的なRPGであるようなチュートリアル的展開だと光佑は疑わなかった。
「これはお決まりの展開だ!」
光佑は悲鳴が聞こえた方向へと駆けていく。
「あ、ちょっと待って下さい!」
悲鳴のあった場所まで駆けつけると魔物に襲われて動けなくなっている女の子がいた。
女の子の頭には狼のような三角形の耳あり、亜人であろうことが光佑にはわかった。
青く透き通るジェル状の生命体、スライムはいまにも怯える女の子に向けて飛びかかろうとしている。
女の子を助けようと光佑は魔物の背後に寄る。
「最初の敵がスライムってのはちょっと物足りないけど……!」
「あの~異世界の生き物にはなるたけ手を出して欲しくないんですけども」
息を切らしてやってきた鬼子姫が光佑の行動を咎める。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
そういって光佑はスライムに蹴り飛ばそうとした。
光佑の足はスライムに当たったが弾力でぽよんとはじき返された。
(あれ……? 思いっきり蹴ったのに何ともないみたいだぞ)
スライムは光佑に向き合うと全体重をかけた体当たりをかましてきた。
腹部への衝撃、光佑は腹を押さえながらよろよろと後退する。
「このスライムつっよ……!」
「ワタシさまのスキルで解析してさしあげましょうか?」
「ああお願い!」
「
鬼子姫の右目が青く光り、そして吹き出した。
「わかりやすく言いますとゲームでいうレベル1相当のスライム、特殊能力なし。つまり雑魚ですよ雑魚」
「うそーん!」
光佑は神様直々の転生ということで少しばかり期待していた。
チートとまではいかなくとも普通の戦士レベルには活躍できると思っていたのだ。
最初のフィールドに出現するモンスターにも勝てないなんて聞いてない。
(神よ! なんでもっと強くしてくれなかったんだ!)
「こんな雑魚モンスターも倒せないって……ぷぷっ」
「いや女神さまね!」
じりじりとにじみ寄るスライムを前に冷や汗をかく。
もう一度あの体当たりを食らったら自分の異世界生活が終了しそうな予感がするからだ。
(くるっ!)
飛び上がるスライム。
「ていっ」
鬼子姫がスライムを掴んで綺麗なフォームで空に放り投げる。
流れ星のように瞬く間にスライムは見えなくなった。
「助かったよ。女神さま」
「今回は大目に見ますけど。次からは気をつけてくださいね」
鬼子姫に礼を言い、獣人の女の子の前に駆け寄る。
「大丈夫?」
「あ、ありが……」
女の子は光佑を見るやいなや顔が青ざめていき、光佑を突き飛ばして森の奥へと駆けていく。
「あっ待って!」
だが不運にも女の子の道を塞ぐようにして魔物が現れた。
ライオンの身体に猛禽類の翼を足した風貌の魔物は先ほど戦ったスライムとは比べものにならないほどの威圧感を発揮している。
なによりこの巨躯からなる鉤爪にかかれば人型の生物など一瞬にして挽き肉になることだろう。
「あれはまずいですねー 早く逃げましょうよ」
「でもあの女の子がさ」
「スライムにも勝てないのにあんなの相手にできるわけないですよ。女神であるワタシさまが言ってるんです、行きましょう」
光佑の袖を引く女神。光佑の返答は決まっていた。
「ほら何事も最初が肝心っていうでしょ。見捨てて逃げ出したんじゃこれからも上手くいかない。そんな気がするってだけなんだけど」
「……はあ。お人好しは転生者の特権ですもんね。しょうがないですね」
鬼子姫に背を向け、魔物の元へと向かおうとする。この時の鬼子姫の妙な気配を光佑は感じていた。
「だからさ……鬼子姫さまにも止めてもらうわけにはいかない」
背後から意識を刈るように出した鬼子姫の手刀を脇で固めるようにしてかわし、空振りした腕を掴んで動きを封じる。
「っ……いじわるですね。最初から見透かしていたなんて」
「鬼子姫さま……悪いけど」
「わかりましたよ。勝手に行って、勝手に死んで下さい」
「ああ、悪いね!」
光佑は鬼子姫を解放して、獣人の女の子の元へと向かった。
「……はあ、少し女神としての自覚が足りませんかね」
光佑が女の子の元へとたどり着いた時には魔物が女の子へと飛びかかっていた。
華奢な身体を八つ裂きにしようと魔爪が襲いかかる。
光佑は女の子を救おうと庇い、爪の餌食となった。
地面へと叩きつけられる光佑。
「
鬼子姫の唱えた魔法により魔物の動きが鈍くなる。
「ごめんなさい。わ、わたしのせいで……」
心配そうに獣人の女の子は光佑の側に寄った。
「大丈夫、さっきより痛くないから」
すくりと立ち上がり、鬼子姫を一瞥する。
鬼子姫は額に玉のような汗を浮かべながら、手を翳している。
どうやらかなり負担のかかる魔法のようだ。
「早く逃げて! 魔法が解けてしまいます」
「いや……」
光佑は鬼子姫の制止の言葉を拒否して、魔物の前に立つ。
結局の所脅威的な瞬発力を持つ魔物から子供とともに逃げることは難しい。
(それにさっきの感覚は……何かいけそうな気がする)
光佑は重心を深く落とすと息を吐いた。
鬼子姫の魔法が解け、魔物が光佑に向けて腕を振るう。
光佑はただ静かに拳を突き出した。
パンと弾けるような音が鳴り──。
巨大な魔物の頭部が消し飛んでいた。
魔物の巨体が音を立てて崩れ落ちる。
木々が飛びあがるかと思うほどの振動が伝わり、鳥達が慌てて空中へと去っていく。
「あれほどの魔物を一撃で……」
驚く鬼子姫を前に光佑は腑に落ちないといった様子で頭をかく。
「しかしスライムには負けるのに、こんな強そうなのに勝てるなんてこの世界のステータス設定はどうなっているのやら」
「まさかこの魔物……」
鬼子姫が思案するように指を口元に当てる。
「鬼子姫さまなにか知ってる?」
「いいえ、ワタシさまは何も。それよりこの子に村まで案内してもらいましょう」
「頼めるかな?」
獣人の女の子はこくこくと必死に首を縦にふる。
了承のようだった。
女の子の案内で深い森の中を歩く。
「……あの、さっきは逃げてごめんなさい」
「気にしない気にしない。誰だって初対面は怖いよ。僕も鬼子姫さまを最初に見た時はびびっちゃってたし」
「そのわりに失礼なことを言ってましたよね」
「あれでも仲良くなろうとしてたんだよ。相手は自分の何百倍も生きてるかもしれないと思うと少し緊張したけどさ。そういえば鬼子姫さまっていまいくつ?」
「どうせ馬鹿にする気でしょうから教えませんよ。それとそこ木から垂れ下がっているツタには触らないように。ツタに生えている針毛は触れた者を神経毒で麻痺させ、自らの栄養としてしまうのです」
「わかるの? みんな一緒に見えるのに」
「葉のてっぺんがギザっとしてるのが見分けるコツですよ」
「ほら年の功」
光佑の言葉を聞いた鬼子姫がギラリと鋭い眼光を光佑に向ける。
「ちょっストップ! ストップ! 植物の餌とか無理だから! やめよう! やめて下さい!」
鬼子姫は光佑をツタに向かって放り投げようと引きずっている。
そんな光佑と鬼子姫のやり取りをみて、女の子は思わずくすくすと笑っていた。
「やっと笑ってくれた。そうだ、キミの名前は?」
「アリエっていうの」
「アリエか、俺はコウスケでこっちはキシキさま。宜しくね」
アリエはよろしくと頭を下げた。
「そうそうなんでアリエはこんな森の中を歩いていたの?」
「私のお母さん最近体調が悪くて、この薬草を使えば元気になると思ったの」
アリエは手に持っているバスケットの中身を見せた。
モンスターに出会う危険を犯すほどに母親のことを心配している優しい女の子を守れてよかったと光佑は感じていた。
「そうか。よくなるといいね」
「うん!」
アリエは満面の笑みを浮かべた。
半刻ほど歩き、森を抜けたその先に村はあった。
そこは民家がポツポツと点在する小さな集落で光佑の想像するゲームの世界の村に近しいものを感じた。
「案内ありがとう。お母さんのところに行ってきなよ」
さっきからちらちらとかごを見ていたので早く母親に薬草を届けたいのだろうということはわかっていた。
「うん、ちょっとお母さんに届けてくる!」
アリエはお辞儀をすると自身の家へと戻っていった。
「ここが異世界の村かあ」
「そんなに驚くところはありませんよね。イメージ通りの世界というか」
手入れされた畑が側にあり、民家の形も日本の茅葺き屋根の物に近く、日本の田舎の風景を思わせるような趣がある。
だが道を歩く人々の全身は体毛に覆われ、表情にも人間以外の動物の面影がある。
「獣耳の人間が歩いているだけで十分驚くことなんだけど」
「おいあんたら!」
ふらふらと観光気分で歩き回っていると革鎧を着た厳つい顔をした男達に話しかけられた。
強ばった表情や腰に差してある剣に右腕がそえられていることからもただごとではないことが窺えた。
「通報されてきたんだがあんたら余所者だろ。何が目的だ?」
「いやちょっと道に迷ってね。この辺りのことを聞きたいんだけどさ」
「悪いがいますぐにこの村から出ていってくれ!」
「あれ? もしかして歓迎されてない」
「みたいですね」
男達は急かされたように光佑に向けて、剣を突きつけてくる。
「おいおい、物騒じゃない」
そしてこの騒ぎに気づいたのかアリエが慌てて戻ってきた。光佑を庇うように両手を広げて、男達を説得する。
「やめて下さいっ! この方たちは私を魔物から二度も助けてくれたんです」
「アリエ! キミは自分が何をしているのかわかっているのか!」
「わかっていますっ! でも信じて! このヤカは絶対にいいヤカなんです!」
アリエの声が村中に響きわたる。
その中で光佑は少女の言葉にある違和感を覚えた。
「ちょっといい鬼子姫さま。あの女の子さ、いま俺のことをヤカと言わなかった?」
女神に転生された理由であるヤカという生物の駆除。
そのヤカがどういう生物なのか光佑は知らなかった。
「あちゃー。でもま、隠しておくことはできませんよね」
鬼子姫は神妙な顔で口を開いた。
その言葉を聞いて光佑はこの異世界生活が第二の人生を謳歌するなんていう都合のいいものでないことがわかってしまった。
「お察しの通り、光佑さんの駆除対象は異世界からの来訪者──つまりは貴方と同じ人間です」
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