いもうとあね

 ドラゴンは神の使い。時に人間を戒め、時に人間を見守っている。

 ドラコ聖山がどの国の領土にもなっていないのは、ひとえに強大な力を持つドラゴンが住んでいるからだ。


 かのもの触れるべからず。ただ仰ぎ見るべし。

 とかなんとか。先生から山ごもりが始まる前に言われてはいたものの。


「要するにこっちから手を出さない限りは大丈夫ってことよね。余裕じゃない」


「そんな身も蓋もない。けど、そうかも」


 シュシュに答えて、彼女を横目で見た。

 テントだって言うのに、やたらおしゃれなパジャマなんかに着替えている。


 オレが恐れていた山ごもり。その1日目の夜。

 オレ達のパーティは案外順調に進んでいる。このペースなら6合目の到達地点には予定通りちゃんと到着できそうだ。流石にそれ以上登ると、魔獣がいたりする。

 それに聖獣とも呼ばれる温厚な生物だから、万が一にもない事ではあるけれど、ドラゴンを怒らせるかも知れないから、行くことはない。


「でも、とっても平和な感じですよね。ドラゴンの住む山なんていうから、わたしすごく怖かったです」


「あれ。メリアもパジャマ」


「はい!」


 耳と尻尾をぴんとさせて、にっこり。

 ああ。しっぽに触りたい。触らないけどさ、流石に失礼だし。でも触りたい。


「っていうかエカルテだけなんでそんな格好なの」


 レーネも。


「ごめん、持ってくるかと思って言ってなかったよ」



 シエルもパジャマだ。なんで?


「そんなって……むしろ正しいのは私だと思うんだけど!?」


 オレだけショートパンツにシャツ。寝やすい。動きやすい。

 山ごもり。何の文句があると言うんだ。


「そうですわ! パジャマなんて動きにくいだけ! 淑女なら下着一枚ですわ! ねえ、エカルテ!」


 アン…。何も言うまい。



「ま。そう言うならエカルテとアンは放って置いて、わたくしたちはパジャマパーティでもしましょ」


「じゃあエカルテ私の同類ってこと…ですわね! さあ脱ぎなさい!」


「いーやーだ!」


「ほらほら。エカルテはアンの仲間でしょう?」


 シュシュがにやりとオレに笑いかけた。

 裸族は嫌だ!


「ひ、ひどいよ! 私も混ぜてよ! 寂しいじゃんか!」


 テントの中でパジャマ軍団が円陣なんか組んでる。

 慌ててオレもその円陣をこじ開けて、体をねじ込んだ。


「冗談よ。そんなに必死にならなくてもちゃんと入れてあげるわよ」


「うあー! よかった!」


 あ。気づけばシエルの隣に座っている。

 シエルの事、もっと知りたい。もっと話したい。

 そう思えば思うほど、かえって声をかけづらくなって、今日の日を迎えている。

 オレのへたれ! あほ!


「エカルテ、涙出てる」


 くるり、とシエルが座ったまま顔を向けると、なんだかどきってした。


「え。うそ」


 流石のオレでもこれぐらいじゃ……。


「ほんと。拭いて上げる。顔こっちきて」


 本当らしい。流石にどうかと思うよ、オレ!

 シエルはハンカチを取り出すと、オレの目元にそっと押し当てる。

 子供扱い。妹扱いされてる感じがする。


「本当に、仲いいですよね、二人」


「ね。姉妹みたいよ。でももうちょっとしっかりしなさい? エト……エカルテ!」


「実際、エカルテは妹みたいなものなので!」


 シエルが胸を張って自慢げに口の端を上げた。

 妹。妹かあ。

 それで良いはずなのに、ショック受けている自分が不思議だ。


「が、がんばります……。あ。ね、ねえ。シエル」


「なあに?」


「今度、どっか遊びに行こうよ」


 言えた。やっと言えた。

 シエルのこと、もっと知りたい。それは、流石にこの場では言えないけど。


「え。わたしとでいいの?」


「え。あ。うん。シエルと、たまには二人でどこか行きたい、かも。そう――」


 妹。


「――妹だし? 私」


 あれ。私、なんでこんなに胸が痛いんだろう。


「うん! じゃあ、今度の休みに! お姉ちゃんも楽しみ!」


「ふうん……」


 シュシュがなにか言いたそうにシエルを横目で見たけれど、結局なにも言わなかった。


 そんなこんなで、夜が更けていく。

 眠くなるまで、オレ達はおしゃべりをしていた。

 女子だけのパーティを組んで、山ごもり。体力的にすごく心配だったけれど、意外と、悪くない。

 それどころか、楽しい。


 明日も楽しいことがありますように。

 そう祈って、寝袋に入った。

 地面を揺るがす咆哮で飛び起きたのは、その直後だった。

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