13歳
あいだのはなし①
13歳になった。
3年生に上る直前の夏。
身長は去年からほとんど伸びていない。
分かってたけどさ。やっぱりショックだ。
結局皆の中でオレが一番のチビなのが確定してしまった。
ちょっと前までは同じ身長だったのにさ。
それに反比例するかのように、胸は大きくなって行って、今ではすっかりまんまるになった。その癖なんだか硬いし、乱暴に触れると相変わらず痛いし、こんなもの必要なのかって、思う。
鎖骨の下まで伸ばし続けていた髪を、ばっさり切って、肩上のボブにした。
伸びすぎると手入れが面倒くさいし、暑いし。……それに、可愛いと思った。
シエルがばっさり切ったのを見て、良いなって思ったんだ。
そして、ついに恐れていた日はやってきた。
「いーやっほう!」
ヴァロッテ達が勢いよく飛び込んで、水しぶきを上げた。
王都西方に流れる、ソテ河に授業で来ていた。
これからも何度か訪れることになるというから、目の前が真っ暗になりそうだった。
向こう岸が霞むほど大きな河は、流れもゆるやかで、学生だけでなく王都民もよく沐浴に訪れている。
「ヴァロッテ・クラエル! 戻りなさい! これは授業なのですよ!」
カドリー先生が叫ぶも、時既に遅し。彼らはもう意気揚々、文字通り水を得た魚のように泳ぎまくっている。
「あなた達は、しっかり準備運動して入るように」
カドリー先生がため息混じりに他の生徒達に目を向ける。
『はーい!』と元気に返事するクラスの皆は、とても楽しそうにはしゃぎ声を上げている。
そう。授業なんだ。魔術学校は魔術師を養成する学校とは言えど、冒険者を目指す生徒も少なからずいるから、水泳のスキルは習得してて損はないっていうのは、分かるよ。
だからって必修にしなくて良いのに。
準備運動も終わり、みんなが河に突撃していくのを、オレはまごついて眺めていた。
クロークが、脱げない。脱ぎたくない。
オレの他に、もうひとり河に突撃しないで戸惑っている子が、居た。
プラチナブロンドの髪をいじりつつ、水着姿で河べりの木陰に脚を抱えて座り込んでいる。
共犯者を見つけたような、妙な高揚感も手伝って、オレはその隣に腰を下ろした。
うまくこのまま時間をやり過ごしたい。そして、話もしたかった。
「……シュシュ。隣いい?」
「……ええ。どうぞ。泳がないの?」
シュシュは河の方を睨んだまま言った。
「知ってる癖に」
「泳げないのよね。わたくしもそうだもの。向こうは、水泳なんてしないから」
「水泳の授業なんて困っちゃうよね」
苦笑いを浮かべ、彼女の横顔を見つめた。水着姿だと、彼女のはっきりした体型が余計に強調されて見える。
「脱ぎなさいよ、それ。浮いているわよ、あなた」
ちら、と横目で真っ黒なクロークに身を包んだオレを見て、シュシュはまた顔を前に戻した。
すっごく、言葉にトゲがある。
「だって恥ずかしいんだもん。女物の水着なんて」
一応、下には着てはいる。脱ぐ勇気がないんだ。
女としての体を皆の前に晒すのは、やっぱりとても恥ずかしい。
シエルだけなら平気なんだけど。
「あなたは女として生きるんでしょう? 女が女の格好してなにが恥ずかしいのよ」
「シュシュ、なんか、すっごい怒ってる」
「別に、怒ってないわ。あなたを見ているといらいらするだけ」
「いらいらって……。オレだって、普通に傷つくよ」
「傷つけてるもの」
「もう。シュシュ。それ、自分が痛いだけでしょ」
「…ごめん。言い過ぎたわ」
「オレも、ごめん」
「なんであなたが謝るのよ。ふっかけたのはあたしなのに」
「オレが、男か女かはっきりしないせいだから。でも、分かんないんだ。早く決めないとって、思う。でも本当に分かんないんだ」
「はーあ」シュシュがため息を付いて、オレの顔を見た。眉を下げて、苦笑いを浮かべている。「ねえ。やっぱり脱いで頂戴よ」
「え?」
「見てみたいの。今のあなたを」
「……うん」
切羽詰ったような彼女の口調に、オレはうなずく。
そうだよね。オレだって、分かってもらいたくて話しかけたんだ。
わかんないことを、分かってもらいたい。とても不格好だけど、今の自分を、見てもらいたいって思った。
オレは立ち上がり、クロークのボタンに手をかける。
心臓がばくばくとうるさいぐらいに騒いでいる。顔も耳も熱くて、とても緊張しているのが、分かる。
シュシュから見たら、さぞかし真っ赤な顔をしているんだろう。
勢いのまま、一気に脱ぎ去ると、体を風が駆け抜けた。
「……」
シュシュはじいっと見上げるだけで、何も言わない。無表情だ。
「ちょっと、シュシュ。何か言ってよ。恥ずかしいんだけど」
一人立ち尽くして水着姿を見られているのが、とても恥ずかしくて、体の奥が汗でじんわり熱くなる。水着の上からでも分かるほど、全身は丸いし、おっぱいはちゃんとおっぱいになっている。
やっぱり、恥ずかしい。
シュシュは無言で立ち上がる。相変わらず表情がなくて怖い。
そのまま手が伸びてきて、
「いっ、いっだ! ばっ、なに、してんの!?」
いきなり、胸を鷲掴みにされた。まるで無機物でも扱うような、ぞんざい乱暴な手付きで、オレ胸をぎゅっと強く握っている。
オレの悲鳴にシュシュは、はっとしたようにさっと頬を染めた。「あらやだ」
「あらやだじゃない! めっちゃ痛かったから!」
慌てて胸元を覆った。ああ、もう。びっくりした。
「やっぱり、普通に女の子の体なのね」
「そう、だけど……なに?」
「じゃあ、今度はあなたが触れば?」
「は?」
シュシュは、私のものよりはるかに大きなそれを誇るように、胸を反らせる。
「あたしのを。さあ、どうぞ。これで貸し借りなしでしょう? それに、女同士でしょ? 何も恥ずかしいことなんてないわ」
「いや。女同士でも普通はやらないと思うけど……」
「良いから早く」
「な、なにいってるの! シュシュ、ほんと今日はどうかしてるよ! やめようよ、借り貸しとかいいいからさ」
シュシュの体をじいっと、見てしまった。
私と比べて、遥かに整ったプロポーションの彼女は、私から見てもとても美しいって思う。だからって触れるわけない!
私があたふたしていると、シュシュは吹き出すように笑いだした。
「ぷっ。あははははっ! 慌てすぎよ、エカルテ」
「シュシュ! 怒るよ!」
「ごめんなさいね。でも、案外あなたの体を見てもショックは受けなかったわ。あなたはあなたって分かったからかしら」
「それは良かったね!」
今度はオレがトゲトゲだ。だって痛かったし、恥ずかしかったんだよ!シュシュはひとしきり笑い終えると、ふっと微笑んで、私の手を取った。
「ねえ。エカルテ。あたしはやっぱり、男のあなたが好きよ。それは、変わらない。あたしはあたしだから、好みは変えられない」
「分かってる」
「今でも戻って欲しいと思うし、たぶん、そのことがまたあなたを泣かせたりもするんでしょうね」
「泣いたことはあんまり言わないでよ……」
「それでも、あたしはやめない。だって、あなたの事が好きだから。あたしが傷ついても、あなたを傷つけても、欲しい人を手に入れてみせるわ。やっかいな女に惚れられたって、思うでしょう?」
「シュシュは、本当に強いね」
「当然よ」
私がそう言うと、シュシュは太陽のもと、無邪気に笑った。
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