ぐるぐる
「ぼくは負けない。かならずエカルテを女にしてみせる」
「良いでしょう、フリック・フラック。あなたも貴族ならば、誇りをかけて正々堂々勝負よ。わたくしは必ずエトワルを男に戻して見せますわ」
フリックとシュシュが睨み合う、休日のカフェテラス。
の、ど真ん中。
どうして。
どうしてこうなった!
話はちょっとだけ遡る。
ルーン魔術を使ったから、シュシュにばれたのかもしれない。
そう思い当たったオレは元より研究を進めていた無詠唱術の訓練を行っていた。
魔術の探求。これだよね。
男とか女とか。そんなのより、魔術だ。それがオレだったはずじゃないか。
額から汗が落ちる。意気揚々と防隔の張られたかかしに魔術を打ち込み続けている。
入学以来の日課だ。日もすっかり落ちきった訓練場には、ほとんど人の姿はない。居るのも先輩ばかりだ。
そんな中、毎日といってもいい程、彼の姿を見かけていた。
「今日はエカルテが先だったみたいだね。いつもすごいよね。そうやって頑張ってる」
いつもの声に振り返る。「フリック」微笑んで、返した「君程じゃない。フリックも、すっごく頑張ってる」
彼は照れくさそうにちょっと頭をかいた。
「やっとエカルテやシエルと同じクラスになれたよ。ぼく、魔術の方は才能無いから人より努力しないといけないんだ。毎日練習しても追いつかないぐらいだからね」
卑下するわけでもなく、自嘲でもない。
当然のようにさらりと言ってしまえる所が、すごいと思うんだけどな。
才能無いわけでもないし。
どう返事するか迷って、何を言えば励ましになるのかと考えて結局、
「大丈夫だよ。フリックなら」
気の利かない言葉だけ、言った。フリックに対してはいつも言葉足らずだ。
彼はすこしはにかんで、オレの隣に並んだ。
こうしてみると、どんどん身長伸びていくなあ、フリック。
オレなんてこの間測ったら、去年からほんの少ししか伸びていなかった。
ショック。段々差がついていく。
ヴァロッテのせいで、少し男が苦手になってしまった。
変な所見られたし、スライムハウスの一件からずっと、目が怖い。
トラウマって言うと大げさかもしれないけど、男子が近くにいるだけで緊張する。
おかしいよね。オレだって元は体も心も男だったはずなのに。
フリックには、こうして隣に立たれても、それを感じないのだ。
彼とは幼馴染といってもいいぐらいの、長い付き合いだからだろう。
オレが元々男だったこと。
シエルには、それとなく伝えている。シュシュは、勘付いている。
でもフリックにはなにも言っていない。
フリック大事な友人だ。言わなくて良いのかなって、ずっと悩んでいる。
でも、言っちゃいけない気がする。
オレだって、鈍感な方だとは思うけど、分かることだってあるんだ。
「エカルテ」
「なに?」
ちょっと緊張の滲んだ声に、オレは魔術を打つのを止めて、彼を見上げた。
「二人で、遊びに行こうと、思ってるんだ」
「うん、この間言ってたね。日にち決めてなかった、そういえば。どうしよっか」
「じゃあ、ソルの日でどう?」
シュシュとの約束日の前日。どちらも休日だ。
「大丈夫。その翌日は、ほら。この前言ってたシュシュとの話し合いがあるんだ」
なんとなく。それを伝えないのも居心地が悪かった。自意識過剰だとは思うのだけれど。
「デート?」
「ううん。デートっていうか……違うんだけど」
フリックはいやに真剣な顔で顎に手を当てて考え込んでしまう。
唇を噛んだり、大きく息を吸い込んでは吐いたりして、とても忙しない。
数十秒、そうしていただろうか。オレがそろそろ魔術の訓練に戻ろうか思案し始めた頃。
「エカルテ!」
フリックが、急にオレの前に片膝をついた。乾いた土が膝に着くのも厭うこともなく彼はまっすぐにオレを見上げている。
「え。え? な、なにどうしたの、フリック」
「ぼくと」
「は、はい」
やばい、という予感が走る。この3人の関係が終わってしまう。そんな予感だ。
フリックの口を今すぐ閉じさせてしまいたかった。けれど、体はピクリとも動かない。
フリックは、言った。言ってしまった。
「ぼくと、婚約してください」
「こ、こ……?」
一瞬、頭の中が真っ白になる。コココと鶏にでもいっそなってしまいたかった。
婚約!?
フリックももう12歳。婚約相手を見つけていても、貴族的には別に早すぎることはないのだろう。
でも、なんで。なんで! なんで、オレなんだ。
ずっと3人のままでいたかったのに、なんで踏み込んで、きたんだ。
だめだ、だめだだめだ! オレは肝心なことを何も言っていないのに。
泣き虫フリックが、こんなにも成長している。
いや違う。オレの、私が成長していないだけ。
9歳のまま、同じところをぐるぐると回って、そんなぬるい関係を望んでいるだけ。
分かっているんだ。
「ずっと考えていたことなんだ。ぼくは、9歳の頃から。君と仲良くなったあの日から、ずっと君のことが好きだ。ずっとそばに居て欲しい。シュシュさんが現れて気づいたんだ。君を誰にも渡したくないって。急にこんな事を言ってごめん。返事は、いつでも良いから」
「ごめん、じゃないけど……」
オレがフリックの伸ばした手を見つめて、まごついていると、フリックは紳士のように微笑んで静かに立ち上がる。
ああ、もういやだ。
大事な友人なのに、傷つけてしまう。
でも、言わなきゃ、もっとだめだ。
ずっと3人の友人のままで居たかった。
傷つけたくなかったのは、フリックか? 私自身だろう。
言え。
フリックはとてもいい子なんだ。これ以上、傷つけたくない。
言うんだ、オレ。
「フリック」
私を見下ろしたフリックが緊張の滲んだ顔をしていた。
彼の唇が少し震えている。でも、瞳は少しもぶれないし、泣き虫でもない。
「なに? エカルテ」
私はまた泣いちゃっていた。本当にだめだ。ちっとも成長できちゃいない。
言ってしまえば、関係が崩れるって分かっていた。
震える声を、なんとか、お腹から無理やり押し出すように言った。
「フリック。私……ううん。オレは、元男なんだ。ごめん、ずっと、だまっていて、ごめん、ごめん。フリック、だから、私は――」
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