12歳

12歳になった私。



「なかなかの失態でしたね、お嬢様。いきなりあなたはエトワル?と尋ねるなんて尚早すぎですよ」



 からかうようにルティレが言う。


 貴族寮の個室。『生き森』から返ったその夜のことだった。


 陰から事の一部始終を見ていたルティレには、色々と思うところがあった。


 文句の一つもいいたい気分だった。



 なぜ俺に待機など命じたのか。


 護衛兼執事である自分が、お嬢様を危険に晒すなど言語道断だ。もう少しエカルテの反応が遅ければ、自分は間違いなく命に背いて、飛び出していただろう。



 主人に対してずいぶん礼を失した言い方をしている自覚はあった。


 だが、目の前でしょげかえっているお嬢様を見るのは、どうしてもいたたまれない。


 挑発すればきっと、いつも通り怒り出すはずだと思った。




「……そうね。確かにうかつだったわ」



 顔も見ず、力ない声が帰ってくる。


 ああ、これは重症だ。とルティレは思う。


 こほんと一つ誤魔化すように咳払いをする。



「でも、お嬢様のおかげでエカルテの魔術を見ることが出来ましたよ。あれはルーン魔術に相違ありませんね。正直、驚愕しましたよ」



「あれは、エトワルよ。間違いないわ」



 エトワル、と言うのと顔を上げるのは同時だった。


 確信しきった目をしていた。


 お嬢様が思い込んだらもう覆らない。いつものことだ。


 やれやれ。これは厄介なことになるな。ルティレはそう内心で覚悟を決めつつ、一応尋ねる。



「根拠は?」



「勘よ」



「はあ。やっぱり」



 やっぱり、いつもの根拠のない思い込みだ。



「なにがやっぱりなのよ」



「いえ。なんでもありません。そもそもエカルテは黒髪の女の子で、エトワルは金髪の男の子ですよね? 聞かれると思いますので先に答えておきますが、幻影魔術の類はありえませんよ。


 幻影魔術は過去、なりすましによる猛威を奮ったせいで、今ではある程度の技術と経験さえあれば、かえって対策と見分けの容易な術のひとつですから。使い手である俺が見分けられないはずがない。そもそも常時幻影をまとっていたなら学校ですぐにバレるでしょうし、男子が女子寮に居る時点で、大変なことになりますね。一発退学でしょう」



 校長に談判し許されているなら、話は別だろうが。


 例えばこの自分のように。



「本当にかわいくない執事ね。だけれども優秀よ。じゃあ、一緒に他の可能性を考えましょう。優秀な執事さん? エトワルがなぜあんな姿になっているのか、をね。お父様に信頼を得ているあなたなら色々知っていそうだわ」



「そこは前提なんですね」



「当然よ。わたくしの勘は当たるのよ」



 ふんぞり返って口の端を上げる。どこからそんな自信が湧いてくるのだか。



「お言葉ですが、もう一つ、決定的な根拠があるんですよ、お嬢様。魔紋です。同じものは一つとてない、魔力の形。属性とも言うべきもの。それがエカルテと王子は決定的に違う。つまりは、別人ということです。そもそも、王子が生きているのであれば、王宮魔術師達に察知されないわけがない。申し上げにくいのですが、そういうことです」



 いい切った後に少しムキになっている自分に気づく。


 いかんな。


 だけどお嬢様と来たら、得意気な表情ひとつ変えやしない。



「そう。それで?」



「それで!? お嬢様。聞いていましたか? 王子は既にこの世には――」



「死体を見つけたのは、誰?」



 ルティレの言葉を遮り、シュシュが言う。その瞳は少しも揺らがず自身の勘をまったく疑うところがない。


 やっぱり、こうなった。思い込みが激しい彼女はもう止まらない。



「フェッテですね。襲撃を察知し救出に向かったときにはもう遅かったと。御遺体は損壊が激しいものであったと聞いています」



「フェッテ。彼女もその後行方不明になっているわね。そもそもエトワルはなぜあの日わたくしの家に来ようとしていたの? あの日はひどい雷雨だったわ。あんなに天気の悪い日に出かけるほどの大事な用事があったというの? 


 いいえ。わたくしがこの他国の学校に来ることになった時点で、わかりきっていることよね。王宮には良くない動きがある。エトワルはそれに巻き込まれたのよ」



「……お嬢様。お叱りを承知で申し上げます。フェッテが行方をくらましたのは、罪の発覚を恐れたためという声も王宮内にはあります。つまり、王子を殺したのはフェッテではないか、と。魔族の彼女ならやりかねない。そういう声です」



 ルティレ自身も、まったく信じては居ない。


 はたして主たるお嬢様も、鼻で笑い飛ばした。



「ありえない。魔族とか、魔族じゃないとかそんなの関係ないわ。フェッテはエトワルを自らの子のように愛していた。それはわたくしが一番良く知っている。これらの話を総合するとつまり――」



「つまり?」



 ごくり、と喉を鳴らした。柄にもなく期待している。



「何もわからないわね」



「……あのですね」



 脱力しそうになったが、ルティレはなんとかこらえた。



「そんな顔しないの、わたくしの執事さん。わからないことは、当人。フェッテに聞けばいいのよ」



「ですからフェッテは行方不明と――。まさか、お嬢様!」



 したり顔で両手を組むお嬢様を見て、やられた、と思う。余計なことを言い過ぎた。


 やっぱり面倒なことになってきたよ。



「あなたさっき王宮魔術師なら察知できるはず、と言っていたわね。つまりそういう術があるということよね?」



「は、はあ」



 嫌な汗が手に滲んできた。どんな無理難題を言われることやら。



「お父様の信頼を得ているとても優秀な執事さんにお願いよ。なんとかフェッテの行方を探しすよう、本家に働きかけて頂戴。その間わたくしは、やるべきことをなすわ」



「やるべきこと……。死ぬほど不安ですけど、一応訊いてもよろしいですか、お嬢様」



「エカルテは間違いなくエトワルよ。これは絶対に間違っていない。だってわたくしの勘ですもの。つまりはわたくし達の知らない術があって、何らかの理由で女性になっているということ。それなら、わたくしが戻して差し上げれば良いのよ」



「つまり?」



「男らしくさせるのよ。女々しいエトワルなんて見たくないもの」



「無茶苦茶言ってるって自覚はありますか? 思い込み魔神のお嬢様。魔紋は一生変わらない。属性概論は魔術の基礎中の基礎でしょう。お嬢様だって知っているでしょうに」



「本当に失礼な執事だわ、あなた。常識ばかりに囚われてはいけないのよ。この世は不思議に満ちているの。今日の常識は明日の非常識。冒険王アルディアもそう言っているわ」



「……はあ。めちゃくちゃだ」



 ルティレががっくり肩を落とした。どうせ徒労に終わる。


 例えそうであってもやるべきことはやろう。まずは、バーデン公爵家に連絡をつけなくては。


 優秀な執事さんは、それでも次の行動を考え始めた。





……。



 鏡の前でにらめっこしている。朝からもう30分ぐらいそうしていた。


 とても重大な問題だ。


 髪もかなり伸びて、何度も切っている。


 今は鎖骨にかからない程度のミディアムヘア。



 ヘアピンをつけるか、つけないか。それが問題だ。


 試しにつけてみて、耳を出してみると、すっきりしてすごく良いと自分では思う。



 アレンジと呼ぶほどのものでもない。


 でもいきなり髪をいじったら変に思われるかな。


 それに自分でいいと思っているだけで、本当は変かもしれない。



 シエルやフリックに笑われるかも。それはいやだ!



 思い直して、ヘアピンを外す。



 ああでもやっぱりつけたほうが良いかも!


 そしてまたつける。


 それを、オレは繰り返していた。我ながら優柔不断。



「うわああ、どうしよう!」



 こうして、髪型を気にするようになったのは、シエルに、オレは、私は、私のままでいいと認められてからだ。


 すべて心が切り替わったわけではないし、男のオレだって消えるわけがないのだ。


 未だに『お前は女になりたいのか?』と問われれば首を捻るだろう。



 それでも、女性らしく成っていく自分の体のことも、少しずつ認められるようにはなった。


 おっぱいも、腰つきも、お尻も。日に日にまあるくなっていく。



 シエルや皆と過ごす日々が楽しい。


 今は、それだけを考えている。


 そのために女でなければならないならば、それで良いかなって思っている。


 そうして私は12歳になった。

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