彼女たちの時間



「ちゃんと下着替えられた?」



「だ、大丈夫」



 念の為リュックの底に、替えの下着を入れておいて良かった。


 シエルやソレイユがいたから、事前知識があった。落ち着いて対処出来たけど、もし一人だったらと思うとぞっとする。



 誤魔化してみても、今もシエルに手をぎゅっと繋がれたままである事実は変わらない。みんなに追いつかないと。



「あーぶらーであげたーたまねぎがーすきー。うまーいーかーらー」



 隣でなんか変な歌を歌って、とっても上機嫌。さっきのことなんて無かったかのよう。



「玉ねぎ好きなの?」



 答えることなく歌い続けるシエル。そんなに玉ねぎが好きか。



 それにしても。オレまたやってしまった。死ぬほど取り乱したのは、たしか2回目。


 グランの時と、今回。小さいのを入れればもうちょっと。


 男としてのオレと、女としての私が心の中にいて、普段は混ざり合っているんだけれど、爆発するのは決まって私が強く出たときだっていうのは、なんとなく理解してきた。



 その度、シエルに慰めてもらってる。今回もそうだった。


 シエルはいつもオレのそばに居てくれる。優しくしてくれる。



 でも、どうして?



 ふと、そんな疑問が頭によぎった。シエルはなんでオレに優しくしてくれるんだろう。


 オレにそんな資格あるのかな、って思った。



「あの、さ。シエルはなんで……オレに優しくしてくれるの?」



 奇妙な歌を歌っていたシエルがぴたりと止めて、オレを見た。



「なに。さっきの続き? 嫌いにならないし、大好きだから安心して良いのに。不安なら、何度でも言うよ、エカルテ、大好きだよ」



「えっと、そうじゃなくて! さっきのは、もう、忘れて欲しい……。恥ずかしい。なんか、聞いてみたかったんだ。どうやればそんなに人にやさしくできて、強くなれるのかなって。オレも、なれるかなって」



 照れくさい。前をぎゅっと睨んだ。手もぎゅっと握ったままだけど。


 彼女は魔族であることを卑下も誇りもしない。無視をされようが明るいまま。


 どうすれば、そんなに強くなれるんだろう。オレも、強くなりたい。


 軟弱なエカルテを卒業したいんだ。



「優しくしてるつもりはないんだよ、わたし。好きな人が好きなだけ。そっかあ。そんな事考えてたんだね。今日はエカルテのこといっぱい知れて嬉しいな」



 歌うように言って、彼女は笑う。茶化すつもりはないんだろうけど、いい加減恥ずかしいよ!



「もう! 私のことは良いから!」



 くすり、と笑って彼女は前を向いた。



「わたしの考えてる事もたまには、話そうかな。でもね。いつも言ってる事と変わらないよ。エカルテのことが好き。あなたが居ると幸せ。それだけだよ。でも、そうだね――」



 彼女は暫く「うーん」と小さく唸っていた。言葉を選んでいるって言うより、本当に分からないって顔をしている。


 でもやがて、彼女は素敵なアクセサリーを見つけたように、ぱっと華やいで言葉を始めた。



「わたしはね、ずーっと友達居なかった。魔族だし、村の皆は、無視とかしないけど、やっぱりどうしても壁があったの。それはね、村の人じゃなくてわたしにあったんだ。だから出来なかったの。


 それでいいやって思ってた。仕方ないやーって諦めてた。相手が分かってくれないんだから、わたしも分からなくていい。


 そうやって諦めて、相手のこと、考えてなかった。自分のことだけ考えて生きていたんだよ。


 孤独だったんだ。だから、学校にもはじめは行く気無かったんだ。お母さんから技を継いで、表面上で仲良くできて、それで生活していけばいいって思ってた」



「そう、なんだ」



 シエルはいつもニコニコしている。それが孤独という言葉とつながるなんて、思いもしなかった。


 それに学校、行く気なかったんだ。すごく意外に思った。



「エカルテが始めてうちにやって来た時、とても嬉しかった。友達じゃない。妹ができたって思った。泣いているあなたを見て、この子の事、守らなきゃって思ったんだ」



「うん……。最初から、めそめそしてたし……。守ってもらってばっかり。与えられてばかり。それは今も変わんないけど」



 私が言うと、彼女は小さく首を横に振った。



「違うよ。わたしも、もらってるの。守らなきゃっていうのは、間違いだったの。


 いつの間にか、わたしはいつもエカルテ何してるかなーって考えるようになった。あの服似合うかなーとか。こんな髪型にしたらいいのになーとか。魔術の練習好きなんだなーとか。あの食べ物一緒に食べたいなーとか。意外と頑固なところあるよねーとか。なんとなく流れていたいつものこと。色んな事。当たり前のこと。それが、幸せなの」



「……幸せ」



 シエルは私の指に指を絡ませる。初夏の空のような匂いがした。



「わたしね、気づいたの。あなたのことを考える時ってすごく幸せなんだ。誰かのことを考えるって、こんなにも幸せになれるんだって、はじめて知ったの。


 守るとかじゃなくて、わたしも、もらってるから、エカルテにも幸せになってもらいたい。そう思えるようになったんだ」



「私が、シエルに何か与えたことなんてあったかな」



「たっくさんあるよ。エカルテと出会ってから、色んな事があったよ。フリック君とも友達になったし、森で大冒険もした。


 行く気のなかった学校にだって行きたいって思えた。やっぱり無視もされたけど、おかげでメリアやレーネと友達になれたし今ではクラスの皆ともお話できるようになった。


 ねえ、エカルテ。これって、あなたがくれた幸せなんだよ。わたしは優しくないの。もらってるものを返してるだけなんだから。


 だから、エカルテのことは絶対に嫌いにならないし、あなたはあなたのままで良いの。そのままで、十分。わたしの大好きなエカルテだよ」



 たどたどしく、抽象的で、正直言えば、全部は理解出来ない。


 でも、彼女の優しさは水みたいにさらさらと私の内に染み込んでいく。べたつかない彼女の言葉が、私の中に染み込んで、水は感情になって、溢れた。



「…………うん」



「なんで泣くの!?」



「ないて、ない」



 もうやだ。しっかりしようって決意した次の瞬間にはこれだ。


 でも、さっきとは違って、温かい涙だった。



 オレは、私は、ここに居て良いんだって思えたんだ。


 エカルテ。消えろなんて言って、ごめん。



 私は私として生きていて、良いみたい。


 ぐちゃぐちゃの心だけど、シエルと一緒ならきっと、ううん。絶対大丈夫。

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