アンダー



 あれから数週間が経った。


 温暖な魔術都市も、しっかりと冬の気配を感じられる昨今。



 寒い。寒いのは苦手だ。


 平民寮のボロ部屋は4人がぎゅうぎゅうに押し込められている癖に、隙間風が吹きまくってちっとも暖かくない。


 これが平民の暮らしだというのか。


 思えば、リンバ家はかなり裕福だったんだろう。



 全員個室バスルーム完備の貴族寮とは何もかも大違いだ。同じ学校に通っていて、クラスは完全に実力によって分けられていても、一度学び舎を出ればそこには大きな隔たりがある。



 シエルは当然として、残りの二人のルームメイトとはそこそこ仲良くやれているし、悪いことばかりでもない。割と自由だしね。



 そんなものついでに、色々分かってきたことがある。



 Aクラスはプライドが高い人が多いということだ。



 シュシュを中心とした貴族令嬢グループ。


 宰相であるクラエル伯爵の次男である、ヴァロッテ。彼が率いる貴族子息グループ。


 これが男女の最上位カーストのグループ。



 平民グループは群雄割拠状態。ここにもグループごとに微妙な差があるみたいだけど、正直外から見ているとよくわからない。団子。



 クラスから明らかに浮いているのは、二人いる。


 誰とも会話しない猫の獣人であるティルテティルティルメイリア。通称メリア。ルームメイトその1。話しかけてもロクに返事を貰ったことがない。



 特別オレが嫌われているわけじゃないと思う。誰にだってああだし。


 そう思いたい。


 オレは嫌いじゃない。猫好きだし。動物好きだし。



 こういう言い方はとても失礼だと思いつつも、あのふさふさの尻尾をみると、たまらなくなる。


 目下、我慢中。



 もうひとり。シュシュの執事である、ルティレ。


 彼も誰かと会話をしているところを見たことがない。



 というか、常にシュシュの側に眼光鋭く控えていて、誰も話しかけられる雰囲気じゃないのだ。


 クラスの女子がきゃーきゃー言うのもわかるぐらいには、すごくいい顔しているのにもったいないなあ。



 で。最高に浮きまくってふわっふわなのが、オレとシエル。


 残り物というかカースト最底辺というか、そもそもカーストにすら組み込まれて居ない感じがする。別にいいんだけど。不都合はないし。




「今のクラスはこんな感じだよ、フリック」



 そんな話を、フリックにしていた。



「はー。なんか大変そう」



 ちっとも大変そうに思ってなさそうな、ぼんやりした顔だ。まったくもう。


 パン屑が口元についたままだし。



 朝食は食堂で学生が一斉に取る。


 体育館のように天井も高い食堂に、これまたものすごく長い机がずらーっと並んでいる。


 7年生から1年生が一堂に会するのはいつみても壮観だ。



「フリックはどうなの? うまくやれてる?」



 オレが尋ねると、フリックはにんまりした。口の端にパン屑ついてる。



「ぼくは順調だよ。新しい友達も出来たし。グループとかそもそもないしね、うちのクラス。皆仲いいよ」



「……なんか敗北感」



 良いクラスみたいで羨ましい。


 フリックに私の知らない友達がいる。


 なんか、ちょっと寂しい。なんでだろ。



「フリック君が楽しそうでよかった」



 シエルがにっこりして頷くと、フリックは心配そうに眉を寄せて、オレとシエルを交互に見る。



「シエル、めげないでね。何かあったらぼくも助けるから。これでもぼく、一応貴族の息子だし出来ることはあると思うよ」



 パン屑にはまだ気づかない。



「ありがと、フリック君。エカルテも居るし、フリック君もいたら怖いものなしだね!」



「そっか。フリックは貴族だった。忘れてた」



「あんまり言いたくないんだ。ぼくはぼくとして、その……シエルやエカルテの友達として、仲良くしたいし。なんか、みんな普通に、生まれとか関係なく仲良く出来たら良いなって、最近ぼくおもうんだ」



 しどろもどろになりつつも、目はしっかりと前を見据えていた。


 村では魔族であるシエルやソレイユに対してあれこれ言う人は居なかった。


 それはきっと領主の影響で、その領主の子こそがフリックなんだなあって、なんだか妙に感心してしまった。



「フリックってすごいね」



「茶化さないでよー」



 ぶんぶんと首を横に振って、顔を赤らめる。


 あ。照れてる。わかりやすい。



「茶化してないよ。貴族がみんなフリックみたいだったら良いのにって思っただけ」



「うーん。ぼくがいっぱい居たら気持ち悪いと思うよ」



「そういうことじゃなくて!」



「フリック君だらけの世界……。わたしもあなたもみんなフリック君。こわっ」



「……」



 パン屑、いつになったら気づくんだろう、彼。



「なに? エカルテ」



 じいっと見ていたら目があった。



「ううん。別に。たしかに皆フリックになったら気持ち悪いかも」



「なんでぼくけなされているんだろう……。なんかしたかな、ぼく」



 しょげかえるフリックがおかしくて、オレとシエルは笑ってしまった。




 普通の貴族がどんな感覚を持っているのか。


 それは割とすぐに体感することになった。



 翌日の放課後。寮にシエルと共に戻る途中だった。


 道から外れる林の方で、魔力を感じた。ずいぶん攻撃的なものだ。


 オレが脚を止めると、シエルもオレの方を見ていた。


 二人で無言で顔を見合わせる。


 逡巡した。


 学校内でみだりに魔術を使うことは当然禁止されている。


 使用する術式によっては一発退学だってあり得るのだ。



「――っ」



 消え入りそうな、かすかな悲鳴だった。


 だけど、確かに聞こえた。



「シエル!?」



 呼び止める間もなかった。


 気づいたらシエルは駆け出していて、オレも後を追いながら叫んだ。「待って、シエル!」



 そこには同じクラスの貴族子息ヴァロッテと、そのグループの男子が4人居た。


 何かをぐるりと取り囲んでいる。


 目を凝らすと、頭を抱えてしゃがみこんでいるメリアが見えた。


 制服が、破けていて、獣人の濃い体毛の胸元があらわになっていた。


 メリアは恐怖に身を震わせている。



「なにやってるの、あんたら!」



 ソレイユが怒った時の口調にそっくりだ。


 シエルは、怒っていた。たぶん、切れていたのだ。



「……なんだ魔族じゃないか。おい見ろよ、獣人を助けに魔族が来たぞ。なあ、みんな。こいつは笑える!」



 ヴァロッテは一瞬ぎょっとしたけれど、シエル(とオレ)だとわかるとすぐににやついた顔に戻る。


 同調するように他の男子も下卑た笑い声を上げた。



「なに、やっているのって訊いているの」



「黙れよ魔族。獣人の癖に俺を無視しやがったから、躾てやってるんだよ。俺のお父様だって、獣人は人間に隷属するべきだって言ってる」



 誰とも話をしないメリア。


 ヴァロッテにからかわれでもしたんだろうけれど、案の定返事をしなかった。


 それがいきがりたい年頃の、しかも貴族の坊っちゃんの逆鱗に触れてしまったようだった。それでなくても亜人・獣人は下に見られやすい傾向が強いのだ。



ソテ王国は、国王が自ら獣人を妃とした。その時はそれはもう大波乱だったらしい。


 未だに反対派は多くて、国王は亜人・獣人の待遇の改善を訴えていると本で読んだけれど、それが下々に浸透するのは一体いつになるのやら。


 宰相の息子でさえこういう考え方なんだし、道は遠そうだ。



「メアリちゃんは、人間だよ。獣じゃない。謝って。ヴァロッテ君」



「は? 俺はヴァロッテ・クラエルだぞ! 平民どころか獣人以下の魔族のお前がさ! クラエル家の俺に指図すんのかよ!」



「知らないよ、そんなの!」



「ちっ。我命ず。慈悲無き炎よ。弱き者を正しき光の下に断罪せよ。ファイヤーボール」



「……!」



 術式を見る限り、ヴァロッテより、シエルのほうがよっぽど魔術は上手い。


 だけどヴァロッテにはためらいがなかった。シエルは完全に固まってしまったのだ。



 当然だ。いきなり人間から魔術を打たれる経験なんて、あるわけない。


 子供の顔の大きさ程の火球はまっすぐにシエルに向かっていった。



「イス」



「え?」



 ヴァロッテの火球は、オレの水魔術によってかき消える。


 魔術を使っちゃまずいって発想はなかった。きれていたのだ。


 だって、シエルが攻撃されたんだよ。



「ウル」



「ぐえっ」



 ヴァロッテの腹に無属性を叩き込んでやった。


 カエル見たいな声を上げてヴァロッテは仰向けに倒れる。


 オレは倒れたヴァロッテの首くらいをまたいで、見下ろした。


 スカートなことも忘れていた。



「なっなっ、てめ、この俺になにを! おい、お前らも見てないで――」



「フェオ・ウル」



 他の男子も、同じようにふっ飛ばした。



「な……なんだよ、その魔術は!? 詠唱は、詠唱はどうしたんだ!?」



「どうでもよくない?」



 無表情に見下ろした。怒りすぎるとかえって頭の中は冷たくなるんだってはじめて知った。


 このままもう一発ぐらい叩き込んでやろうか。



 そう考えたのは、ものの一瞬ではあった。


 けれど、その一瞬で冷静になった。


 なってしまった。



 男子が4人。全員地面に倒れている、この状況。



 あ。


 これ完全にやってしまったやつだ。

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