シュースー村へ
リンバとは似ても似つかない。そう言うと失礼だろうけれども。
父を出迎えた娘を見たときの、偽らざる本音だった。
「お父さん、おかえり!」
娘が勢いよく飛び出してきて、リンバの足元に抱きついた。
リンバが背を屈めて彼女の背中を撫でながら、顔をくしゃくしゃにしているのを見て、ああ、お父さんだなあと思う。
「おーう。よーしよし。戻ったぞシエル。元気にしてたか?」
オレはこちらの父親、国王に褒められた記憶がない。
それどころか会うことすら稀だった。
離宮が与えられ、何不自由無い生活をしていた。だけど使用人はどこかよそよそしく、酷く孤独な毎日だった。極稀に許される、親族とのパーティと、フェッテとの会話。そして本だけがオレの癒やしだった。
そもそもオレと国王は全く似ていない。オレは金髪だが、国王と兄は赤髪だ。その理由も、メイド達の噂話でなんとなく知っている。
本で読んだ悲恋話。そんな綺麗な、話じゃない。
「おや。どちら様でしたっけ」
家の中から、のんびりと顔を出した、シエルをそのまま大人にしたような女性が言う。
「なんだよ寂しいこと言うじゃねえか。ソレイユ。村一番の炭焼き職人のリンバ様だよ」
「自分で言うか。おかえり」
「おう」
母に似て、よかったなと。
例によって偽らざる本音だった。
母子ともに淡いグレーがかった銀色の髪をしていて、日に当たると。透き通るように艶めいている。
その肌は人間離れして、病的に白い。ちらと見えた鋭い犬歯も、やはり普通の人間のそれとは思えなかった。
「んで。リンバ。その子はなに?」
ソレイユがそっけなく言って、オレを一瞥する。その目にはフェッテと同じような魔力が宿っているように思えた。
おそらく彼女は、魔族だ。
「あ、本当だ」シエルもオレに気づき、父から離れオレの両手を取ってにっこりした「はじめまして! わたしシエルっていいます!」
「は、はじめまして」
父とは違い、屈託なく上手に笑うその顔は、それでもリンバに似ている。
肩上で切りそろえた髪がとても似合っていると思った。
「あー」
リンバが頭を掻きながら答える。
「うちで養うことにした。名前はエカルテ」
「本気?」
ソレイユの表情は動かず、口調もどこまでも平板だ。
怒っているのかと思ったし、実際にごめんなさいと頭を下げようとした。
けれどリンバもシエルもにこにこと笑っているのだ。
いつものことだ。そう顔には書いてあるように思えた。
「もちろん、本気だ」
「そ。ならいい。事情は後で聞く」
それきり、オレの方は見ず、くるりと踵を返して家の中へと引っ込んでいく。
とおもったら。メジャーを持って帰ってきた。
「エカルテ。とりあえず風呂。それから髪を切る。その後に採寸だ」
「え?」
ソレイユががっしりとオレの肩をつかんだ。
……。
ああ、汚された。
オレは用意された部屋のベッドでぐったりと横になっている。
ソレイユに服を引っ剥がされ、隅から隅まで測られた。
風呂で自身の体をまじまじと見てしまい、改めて実感したのだ。
今はまだ、男女とも区別のつかない体つきだ。
だが、将来的にオレはどうなってしまうのだろう。
オレの心はどうしようもなく男のままなのに。
「髪、さっぱりしたな」
与えられた部屋の、ベッドの上で一人呟く。
考えても仕方ない。
オレは起き上がり、さっぱりした髪に手をやった。いやにサラサラしているのが憎らしいこの黒髪。きれいな金髪は、母親似のそれは、オレの自慢だったのに。
ソレイユは肩下で揃えるよう推したが、鬱陶しいから、もっと切ってくれるようお願いした。
渋々といった様子だったがかなり短くしてもらい、ぎりぎり男にも見えなくもないショート。
なんとか抵抗して得た髪型だ。
服はシエルのものを着ている。今は七分のパンツ姿だ。
スカートを強く勧められたが断固拒否した。そんなもの、履けるか! オレは男なんだ!
「あ。髪切ってる。似合ってるよ、エカルテちゃん」
シエルが部屋に入ってくるなり、オレの姿を見て、華のように笑い、両手を合わせた。
彼女と部屋が同じなのだ。
シエルはスキップするように飛んできて、オレの横に座る。
「……」
俺の顔を覗き込んで、じいっと無言で見つめてくる。
肩上で切りそろえた銀色の髪と、緋色の目がとても綺麗だと思う。
な、なんか緊張する。同年代の女の子と接するのなんて、いとこ以外なかったから。
「あ、ありがとう?」
「なんで疑問系なの! ね。どっからきたの? 何歳? 同い年ぐらいだよね?」
「……わからないんだ。オレ、記憶がなくて」
「そっか! 大変なんだね! ね。なんでオレなの?」
「なんで……?」
オレはオレだからオレだし、オレがオレで何がおかしいというんだ。
「女の子なのに、オレって珍しいし」
「オレっておかしい?」
「ううん。興味があるだけ。もしかしてわたし変なこと聞いた?」
この子はよく表情が変わる。さっきまでニコニコしていたのに、今は不安そうに眉を寄せている。
オレは彼女のペースにつられて、なんだか笑ってしまった。
「君は別に変じゃないよ。そうだよね。オレって目立つだろうし、直そうかな」
わたし。あたし、アタイ。口の中でもごもごとしてしてみたけれど、やっぱり恥ずかしい。
「あははっ。別に好きなようにしたらいいのに。エカルテちゃんはエカルテちゃんなんだし」
「あ、うん。どうしようかな」
「で!」ずい、とシエルの顔が近づく。ちょっと怒った顔だ。「わたしの名前はなんでしょう」
「え、ええと。シルフィード、さん」
「うん。ちゃんと名前で呼んで? ね。エカルテちゃん」
顔を離したかと思うと、オレの両手をぎゅっとにぎって本当に楽しそうに笑っている。
腹に力を入れて、一気に言った。
「シ、シエルちゃん」
「はい、エカルテちゃん。もう1回言って」
「シエルちゃん」
「もっかい!」
「シエルちゃん!」
「あははっ。ねえ、あなたが来てくれて本当に嬉しいんだ。わたし妹欲しかったの」
ぎゅうと、シエルはオレの肩に手を回して、耳元で囁いた。「いらっしゃい、エカルテちゃん。ずっと居ても良いんだからね」
彼女の体温は暖かく、おひさまのような匂いがした。
全身の力が、抜けた。
ひどく緊張していたのだと、今にして気づく。
涙が1粒落ちたのを、見られないで本当に良かったと思う。
だって、オレは男なんだ。男は泣かないんだ。
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