魔術を使ってみる



 オレは、男だ。ずっと男として生きてきた。


 それが、女? オレのアレは、どこにいった!?


 そんなはずはないのだろうけど、体んバランスすら悪くなった気がする。



 ベッドの上で魔術で作り出した水鏡を覗き込む。


 色白の黒髪の子供が、無愛想にこちらを睨んでいる。何だこの目つきの悪い女の子。



 大丈夫だ。


 髪を切ればまだ男として通用する。


 今は、まだ。


 成長しきらないうちに。取り返しがつくうちに。なんとしても男に戻る方法を見つけるんだ。


 オレは男だ。オレが男以外になるなんて、考えられない!



「お。起きたか。っておめえ魔術なんかできんのか」



 炭焼きから戻ってきたリンバが、オレの水鏡を横から覗き込みながら言う。



「ええ、はい」



 どう答えるべきか分からず、オレは曖昧に頷く。



「へえー。なんか良いところの出だったりしてな。ガキだってのに妙に口調が大人びてるもんな」



「……どうなんでしょうか」



 今後出会う人々にオレは素性を言うべきではない。


 フェッテにもリンバにも、そしてオレ自身にも危険が及ぶだろう。



 リンバは木こりと炭焼きをしつつ、オレの面倒を見てくれている。


 素性も知れないオレを、だ。



 それに彼は毎日床で寝ている。


 粗末な炭焼き小屋だ。ベッドはもともと1つしかない。


 オレ自身彼と一緒に寝ること自体構わないし、なんならオレが床で寝ることも申し出たが「娘に怒られるからよ。何歳でもれでぃーとして扱え、だってよ。笑っちまうぜ」と例の不器用な笑顔で答えた。



「おめえ、記憶は戻ったのか?」



「いえ。まったく……」



 だから、オレは記憶を失ったことにした。


 面影どころか性別すら変わっているのだし、よっぽどのことがなければ見つかることもないだろう。



 話を聞く限り、ここはソテ王国内のようだ。本で読んだ知識によれば、現王は獣人を嫁に貰い、多種多様な人種を受け入れようと様々な政策をくりだしている、らしい。



 生まれ国でもあるアポテオーズ王国の隣国であり、魔石資源を巡った対立も多く、両国間は決して良好な関係とは言えない。


 だがアポテオーズ王都からかなり離れた場所にいるという事実は、オレを安堵させた。



「そうか。ま、焦らなくても構わねえよ。炭焼も、もうちっとかかるからな。養生して、そっから考えれ。とりあえずメシにすっか」



 彼はテーブルに向かうと、熊のような大きな背中をオレに向けた。


 ナイフを取り出し、干し肉を切り分け始めたようだった。




「すみません。なにからなにまで」



「ガキが謝んじゃねえやい。おめえはあれだな。もちっとガキらしくしたほうが良いな。喋り方も、もちっと可愛げがある方が良いぜ」



 くつくつと背中をゆらして、彼は笑う。


 可愛げのある、喋り方。子供らしさ。


 難しいな。



「はい。あ、うん。そうだ、リンバさん」



「あんだ?」



「オレも外に出たい」



「……」無言で彼は振り返り、ちょっと目を見開いた。やっぱり目は鋭いが、これは別に彼が起こっているからでないことも最近分かった。



「別に構わねえが、なんか用事か?」



 言い訳は、考えてある。



「魔術を試してみたいんだ。そうしていたら、きっと思い出すこともあるかもしれないから」



 オレの目標は2つだ。


 1つは、強くなること。



 そのための魔術の鍛錬だ。


 王家の人間は元来魔術に優れる家系であり、生まれた時にその保有魔力量を測定される。


 オレは兄より遥かに保有魔力量が優れていたのだ。せっかく授かった才能だ。伸ばさない手はない。まあそのおかげで今の状況になっているのだけれども。



 生まれ持った才能と、フェッテという優秀な師のおかげで、同年代の子供どころかそこらの一般的な魔術師より、相当にオレは強いと自負している。


 孤独な王宮の中で、魔術と本こそが、この世界における心の拠り所だった。


 だからこそ、暫く魔術を行使していない今の状況が不安なのだ。


 女になったことで魔術に変な影響がなければいいが。



 2つ目は、今できた目標だ。単純だ。男に戻ることだ。


 術はフェッテにも解けないと言っていた。だが方法がこの世に無いわけでもないだろう。


 それを求めて、旅をすることになるかもしれない。ならば、やはり魔術だ。武力はあるに越したことはない。



「ついてくるぐらいなら構わねえよ。寝てばっかも毒だろうしな」



 リンバは腕組みをしながらうなずいた。



「ありがとう」



 後は、この鬱陶しい髪をどうするか。





「ウル」



 リンバについて、森に入った。


 適当な木に向かって魔術を放つ。属性を持たない、ただの力としての初歩的な魔術だ。


 結果を見て安心する。


 キレイな断面図を残して、木が大きな音を立てて倒れたからだ。


 鈍っては居ないようだ。



「へえ! こりゃ大したもんだな! すげえじゃねえか、娘っ子! 俺は魔術には詳しくないから適当だけどな! ワハハ!」



 リンバは大きな体を揺らして、大げさに拍手をしてくれる。


 純朴すぎる反応が、ちょっと恥ずかしい。


 そう言えばこうやって褒められたことってあんまりないな。



「アンスール・ハガル」



 手の中に氷球を作り出す。


 属性魔術も、問題なく使えるようだった。



「お。今度は氷か! 食えるのか!それ! 娘っ子本当に大したもんじゃねえか」



 また大げさな拍手をもらう。本当に恥ずかしい。耳が熱くなってきた。



「た、食べても消化されないよ。でもそういう魔術もある、はず。生活魔術……とかいう……。習っておけばよかった」



「……。習う、か。娘っ子はこれは、学校にいくべきかもしれねえなあ」



「学校……?」



 そうか。王宮の外には学校があるのか。


 オレは学校に通ったことがないのだ。フェッテが字や魔術から、すべてを教えてくれていた。


 兄は、しっかりと通っていたようだけれど。



「おうよ。結構でかい学校でな。えーと。なんとか魔術学校ってんだ。俺の娘も、通ってほしいんだがな」



「そうなんだ」



「あー。その、なんだ。おめえ、これから行き先とか、ないんだろ」



 リンバがガリガリと頭を掻いた。



「うん」



「うちに来いよ。お前一人ぐらい増えたって変わらねえ。それに娘も喜ぶと思うんだよ。妹を欲しがってたからな、あいつ」



 この男の家族の安全と、魔術があるとは言え9歳の子供が生きていける確率。


 心配と打算。勝ったのは打算だった。



「……うん。行きたい」



「よし! 決まりだな! そう言えば、娘っ子。お前名前は? 名前も思い出せないか?」


 リンバは両手を大きな音で合わせた。ぱんっ、と小気味良い音が響いて、彼は歯を見せて笑った。



「あ、そっか。ええと。名前、名前――」



 鬱陶しい前髪を指先で弄びながら、ちょっと考える。


 捨てられた、オレの過去。ならオレは「名前は、エカルテ」



「エカルテか! よろしくな」



「うん。リンバ。ごめんね。迷惑かけるけど」



「あん? 謝るなって。お前は本当にガキらしさがないな! ガキなんて大人に迷惑かけて大きくなるもんだろうが」



「うん」



 彼は腰に手を当てて、ガハハと笑う。


 オレは強くならねばならない。彼のたくましい姿を見て、そう感じた。

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