夜が明けるまで

 ステージに出てマイクの前に立つ。

 先に出たバンドが人気上昇中だったおかげでチケットは完売だったが、もう帰ってしまった客もいるようで、今は満員とは言えない状態だった。

 それでも自分の演奏を聴いてもらうには十分な人数だ。

「『Lost Blue』です。どうぞよろしく」

 冗談である有名なバンドの名前を名乗る。最前列にいる、いかにもロック好きという風貌の男の子たちが笑う。それを見て俺も笑いながら喋ってギターを鳴らす。一曲目は静かな入り方の曲だ。一音一音を丁寧に鳴らして曲を紡ぐ。

 イントロが終わって歌いだす。ギターも徐々に激しさを増し、サビで爆発させる。

 歌いきってギターソロのようなアウトロを弾き、曲が終わる。

 二分足らずの短い曲なので、お客さんは終わったのか間を空けてるのか迷っているようだった。

「ありがとう」

 そう言うとまばらに拍手が聞こえた。


 昔だったら立て続けに三、四曲やってからMCに入っていたが、今日は一曲ごとに少しずつ話そうと決めていた。

「改めて、ありがとうございます。『Aura』が先に出たので、もうお客さん皆帰っちゃったかと思ってたけど、こんなに残ってくれていて良かった」

 自虐的なことを言うと、少しだけ笑いが起きた。Auraはさっき控室であった、人気上昇中のバンドだ。今日の客は皆Aura目当てで来ていると言っても過言ではない。

 おそらく俺を知っている人はいないが、それでも帰らずに残っているのは本当に音楽が好きな人達なのだろう。

「俺は見ての通り一人で演奏するんで、さっきまでと比べると盛り上がりに欠けるだろうけど。どうせもうみんな疲れてるだろうから、ゆっくりくつろぎながら見ていってください」


 そして次の曲に入る。さっきのように静かな入り。今度はバラードなので、最後までこんな調子で静かに続く。

 大切なものはいつかなくなる。世の中辛いことばかりが起こる。そんな歌詞だ。最後には救いがあるとか、幸せと不幸は最終的にトントンだとか、そんなことは言わない。ただただ悲しい人生を歌った曲だ。終始悲しげな雰囲気のまま曲が終わる。


 ありがとう、と言いかけて言葉を変える。

「ごめんね。暗い曲やっちゃって。ほんとに、BGMくらいのつもりで聞いててもらえればいいので」

 謝りながらギターのチューニングを変える。チューナーがよく見えなくて、少しそちらに集中してしまう。

 ふと気づくと、お客さんはみんなこっちを見ていた。演奏中でもないのに、余所見もせずに俺に注目していた。驚いているとどこかから、何か話してー、と声がする。それに続くように、何人も声をあげる。

 俺は慌ててマイクに近づく。

「ああ、ごめんなさい。そうそう、今日はいろいろ話したいことがあってきたんだ」

 話し始めると少し拍手が起こる。

「まずはお礼から。ここにいるお客さん達はもちろんだけど、スタッフの方々、それに今回ライブに誘ってくれたAuraのみんなも、本当にありがとうございます。俺もさっきまで控室でAuraの演奏聞いてたよ。すごかったよな」

 お客さんから歓声があがる。Auraは今リードギターのメンバーが怪我で休養中だが、残りのメンバーで頑張って良い演奏をしたというのが分かる歓声だった。

「あいつらに、俺がトリでいいのか、お前らがやった方がよくないかって聞いたんだけど。そしたら、今日の主役はあんたでいいんだ、なんて言われたよ」

 再び歓声があがる。俺に対してなのか、Auraの心意気に対してなのかは分からない。楽しんでくれているのならそれでいい。

「実は、今日は俺の最後のステージなんだ」

 えー、とブーイングが起こる。それに笑いながらギターを弾いて、次の曲を始める。


 今度は速弾きの多い、技巧的な曲だ。バラードなんかも好きだが、正直こういう曲の方が演奏していて楽しかった。

 激しくギターを弾き、激しく歌う。十代の頃に作った、将来への不安だとか社会への不満だとかを吐き出す歌だ。

 最初から最後までひたすら激しさだけで押すような曲で、最後のサビでピタっと曲が終わる。

 一瞬の間の後で拍手が巻き起こる。


「ありがとう。さて、ここまでで、三曲だっけ。それで、実は残り二曲しかなくて」

 再び、えー、という声が響く。

「ありがとう、ありがとう。でも、もう齢でね。そんなに長くできないのよ。あと二曲はちゃんとやるから許して」

 ギターのチューニングを戻す。ついでに少し水を飲んで、タオルで汗を拭く。

「次の曲に入る前に、もう少しだけ喋らせて。俺も昔は一人じゃなくて、他のメンバー含めて四人でバンドをやっていて。そこそこ人気もあったりしたんだ。でも、ある事故でメンバーがいなくなってしまって。今まで四人でやってたことを一人で全部やって、全部背負って。でもやっぱり一人じゃ無理だって一度逃げ出した」

 次の曲のコードに合わせて適当なメロディーを弾きながら話す。

「それでもやっぱり音楽は辞められなくて、一人になった悲しさとか大変さとか、そういうものを歌にして。結局こんな生き方しか出来ないんだなあ、なんて思ってまたステージに戻ってきてました」

 歓声と、がんばれと、ありがとうがライブハウスに響く。一人でもがんばれ。戻ってきてくれてありがとう。そういうことだろうか。そうだったら嬉しい。

「少し喋りすぎたかな。次の曲はその時作った曲です」

 適当なメロディーから曲に繋げる。


 どうしていなくなったんだ。俺一人でどうしろって言うんだ。そんな情けない歌詞を精一杯歌う。歌の合間に客を見ると、泣いている女の子がいた。あの子も誰かをなくしたのだろうか。失恋と結び付けたのだろうか。

 どうしていなくなったんだ。俺一人じゃだめなんだ。一人でステージに立ちながらそんなことを歌う俺はさぞかし滑稽だろうに、笑う人は誰もいなかった。

 言い表せない嬉しさを抱えて演奏を終える。


「ありがとう」

 少し長めに余韻を楽しんだ後に言う。また汗を拭き、水を飲む。

「泣いちゃった人もいたかな。ごめんね。ありがとう。もう悲しい曲は終わったから、ここからは笑顔でいきましょう」

 そう言うと泣いていた女の子も、最前列の男の子も笑ってくれた。今日のお客さんは良い人ばかりだ。嬉しくてこっちが泣きそうだ。

「さっきも言ったけど、次が最後の曲です。ゆっくり聞いて、なんて言った後で悪いんだけど、やっぱり一人だと音が寂しいからさ。最後はみんなで声出して楽しんでkれるかな」

 今日一番の歓声。本当に良いお客さんだ。

「それじゃあ行くぞ! 最後の曲だ! 夜が明けるまで楽しもう!」

 そして最後の曲が始まる。

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