大事な一歩
桐華江漢
失恋は突然に
最初に言っておこう。俺は昨日失恋した。誰もいない教室で一人自分の席でボー、っと虚空を見つめている。
俺は近所にある嵐山高校に通う二年生の
俺が想いを寄せていた相手は同じクラスの
二年生になって一ヶ月が経った頃、他愛もない話をしていながら俺の声に耳を傾け、楽しそうに笑う彼女を見てすぐに心を奪われた。好きになった子はこれまで何人かはいたが、榎本さんみたいに雷が落ちたような衝撃を受けたのは初めて。本当の恋とはまさにこういう状態を言うんだろうと当時は思ったものだ。
家に帰っても彼女のことを考え、教室で授業を受けてる時も無意識に彼女の方に視線が泳いでしまっていた。窓から入り込んだ風で乱れた髪を耳元で直す仕草が今でもこの目に焼き付き、その時の授業の内容などまったく覚えていない。
「はぁ~、何でこうなるかな~」
今日何度か分からない溜め息を吐き出す。この胸の中にある息苦しさを体外に出したい気持ちとは裏腹に、溜め息が出る度にさらに胸には哀しさや辛さが募ってくる。分かってはいても止められない。
「これも無駄になっちまったな~」
俺は机の上に置いてある手紙を持つとヒラヒラと振る。榎本さんに渡そうと書き上げたラブレターだ。
榎本さんに恋して三ヶ月が経った時、俺は告白を決意した。三ヶ月となれば七月で、夏休みが始まる。海や祭り、その他イベントが盛り沢山の時期であり、告白に成功すればその間に彼女との楽しい夏の思い出を築き上げることができる。まだ告白が成功したわけでもないのに、俺はあれやこれやと榎本さんとのデートを妄想してにやけていた。
ただ、問題はその告白だ。どこかに呼び出して普通に口で告白するのはどこか味気ない。どうせならもっとこう、トキメキなるシチュエーションがないものかと思考を巡らせた。その結果、ラブレターを渡そうという答えに行き着いたのだ。今時ラブレターなんて書くヤツはいないだろうが、だからこそトキメキの度合いが増すに違いない。
「自分で言うのもなんだけど、綺麗にまとめられたんだよな」
ラブレターなんて初めて書くものだから、何度書き直しただろう。文房具屋で便箋を買い、書いては丸めて捨てまた書いての繰り返し。部屋中にはクシャクシャの紙がこれでもかと散乱し、何枚入りかの最後の一枚で納得のラブレターが仕上がった。それが一昨日だ。
次の日、そのラブレターを大事に鞄にしまい学校へ登校。放課後に榎本さんに声を掛け、渡すつもりだった。しかし、自分の教室に入ると衝撃の内容が俺の耳に届いた。
「榎本さん、転校しちゃうんだって?」
「うん。親の仕事の都合でね」
「そんな~。寂しいよ~」
クラスの女子達が榎本さんの周りに集まり、みんな寂しそう声を掛けている。
榎本さんが……転校?
俺は教室の入り口で立ち止まり、固まっていた。
「せっかく仲良くなったのに」
「ごめんね。私も寂しいよ」
「いやだ~! 智香がいなくなったら私、凍死しちゃう!」
「今夏なんだから凍死はありえないでしょ」
冗談につっこみを入れるも、榎本さんの声にはどこか寂しさが滲んでいる。
榎本さん、本当に転校するのか……。
想い人がいなくなる。告白に怖じ気づいていたが、そんなことは言っていられない状況になった。俺は完全に決心し、榎本さんに放課後呼び出そうと近付いて声を掛けようとした。すると……。
「でも榎本さん、付き合ってる彼氏がいるんでしょ? どうするの?」
なん、だと……彼氏?
再び俺はフリーズした。
「あ、うん。彼にももちろん話したよ」
「別れちゃうの?」
「ううん。私は別れたくない、って言ったら彼も別れたくないっ、て」
「じゃあ遠距離恋愛だ」
「そうなるかな」
「きぁ~! 憧れる~!」
「そしてラブラブ~!」
「ええい、その幸せを私にも分けろ~!」
「ちょっとやめてよ~」
女子達はじゃれ合いいつもの雰囲気に戻っている。だが、俺は逆に急転直下で沈み込み始めた。
榎本さんに、彼氏? 彼氏、って恋人? 恋人、ってことは、男? 俺はまだ、告白していない、わけだから、別の、男?
衝撃の事実に頭が受け入れられず、完全に壊れる。失恋というウイルスにより、正常な思考が保てない。延々と彼氏という言葉が駆け巡る。
ラブレターの入った鞄がやけに重く感じた。
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