イキリオタクの兄が異世界でやらかしたようなので尻拭いに行きます。

新橋九段

プロローグ

 空は青だった。

 少女は十三年の人生で、これほど青空を見たことがなかった。

 ただし、いまは月ひとつない真夜中だった。


 屋敷は大火に包まれていた。空の青は、屋敷を包む炎の色だった。

 青炎が竜の如きうねりをあげ、地階から三階の屋根までを一息に飲み込む。少女は真っ青な火災の真っただ中に取り残されていた。


 灼熱に舐められる肌が爆ぜるように熱かった。少女の真っ白な皮膚は赤く染まり、熱波で四方八方から押しつぶされるような心持ちだった。


 屋敷は静寂に包まれていた。炎の息吹のほかに聞こえてくる音はない。火の手から逃れんと足掻く人々の叫びや呻きはもう聞こえない。ここで息をしているのは、少女と業火のみだった。


 少女は膝をついた。そこは玄関ホールだった場所だ。少女が買われ、屋敷で暮らすようになってから数えきれないほど磨き上げたタイル。いつもであればむき出しの膝を冷たく迎えるタイルは、鉄板のように熱されていた。


 膝が焼ける。薄い皮膚を熱が貫き、骨を焦がす。だが少女が立てなかった。足に力が入らない。煙をしたたかに吸った小さな肺は死にかけ、矮躯に酸素を運ぶことすらかなわなかった。


 瞼が重い。目を開いていられなかった。少女は床に伏せた。頬がタイルに押し付けられる。飛び上がりそうなほど熱いのに、手足は一寸も動かなかった。もう身動ぎをする体力も残っていない。


 視界は闇に閉ざされる。最後まで生きている感覚は耳だけだった。全てを飲み込む炎のオペラを子守唄に、少女は意識を手放そうとしていた。


 その時だった。

 正面から足音が響いた。タイルを叩く靴の振動が顔に伝わる。足音は少女の目の前で止まった。


 誰かが膝を曲げて、少女に近づく。誰かの体が炎を遮ったせいか、少女を焼く灼熱がわずかにやわらぐ。少女は床に伏せたまま、最後の力を振り絞って目を開いた。

 薄く開かれた瞳に、男の姿が映る。


「よう、勇者様が助けに来てやったぜ」

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