夫婦関係の崩壊について

@quis

夫婦関係の崩壊について(一話完結)

 リアリティの存在意義とは何だろう?


 意義は分からない。でも少なくても僕は今、現実感をヒリヒリと感じており(つまり、必ずしも心地よいものとしてじゃなく)、できればここで、それを言葉にしてみたいと思う。


 実をいうと、そんな感覚をこんないい大人になってからも感じるなんて、二十代のころ、いや三十代になってさえ、想像すらできなかった。そう。今にして思えばそれは、それは単なる「希望的観測」だったのだと思う。


 でも、もしかしたら……、とも考えている。この話を書き終えたら、僕の中で何かが変わっているんじゃないかな、と。


 ☆


 妻が、シャワーに行った。


 僕たちのダイニングテーブルの上には彼女のiPhoneがおいてある。多分、僕はその4桁の数字によるロックを解除することができる。


 大きな照明のおかげで、テーブルの上は妙に空々しい。それなりに散らかってもいるんだけど、生活感が希薄だ。手持ち無沙汰になった僕は、何か独り言でも言ってみようと思ったのだけど、何も思いつかなかった。たかが独り言なのにね。


 僕は彼女のスマホのロックを外して、妻と、僕の知らない彼女の相手とのやりとりを確認すべきなんじゃないか?、と思う。でも結局、やらない。どうやら僕は、そういうタイプじゃないみたいだ。


 ☆


 息子が学校での出来事を話している途中で、「あの子のママ、いつの間にかバツ2になってたんだよ。」と言った。


 あの子、というのは、息子と同じ中学2年の女の子。ちょっと太めではあるけど可愛らしい顔つきで、いつもニコニコしている。でも、泣き出すと止まらなくなってしまうらしい。


 妻は、「バツ2なんて……。あんな器量で2回も結婚できたってことが、そもそも不思議よね。」と言った。まあ、そうかも知れない。「まあね。そうかもしれない。でもこういう話は、子供の前では止そうよ。」と、僕は言った。


 続けて僕は、「その子、泣き出すと止まらないというのも、無理もないことかもしれないな。」と言おうとして、やめた。僕はこういうとき喋りすぎる。そんなのは、言ったところで誰の役にも立たないことなのだ。


 ☆


 どんなきっかけか忘れてしまったけど(思い出せないくらい些細なことだったんだろう)、妻と口喧嘩になったとき、このママの話になった。そのとき妻には、僕がしみったれた人間に見え、それが「あの子のママ」を思い出させたんだろうか、とも思った。


 どうしてあんな器量でも男に相手にされるのか?、という話だ。


 僕は、「全然、不思議じゃないよ。」 と言った。「よっぽどの見た目じゃなければ、男なんていくらでもついて来るさ。そんなもんだよ。」


 妻は、「そんな……。犬・猫じゃあるまいし。」と言い、僕はそれに対して、「犬も猫も男も、ある意味、そんなに変わらない。ねえ、少なくても僕は、自分が犬や猫より優れているとはとても思えないんだけどな。」と答えた。


 「ねえ……。頼むから、そういうくだらない話はしないで。私が言いたいのは、『そっちのこと』じゃないの。そんなことくらい分かってよ。つまり社会人として、あのママはちょっとどうか?、ってこと。」と妻が言った。


 僕は、自分の髪の毛が一斉に逆立つのを感じた。「分かってよ」と、彼女が言うということは、彼女は、僕が分かってないという前提を僕にぶつけているということだ。臨戦態勢。だとしたら……。すでに僕たちは、正しさが問題ではない領域に入ったんだな、と僕はぼんやり感じた。つまり今、問題なのは、勝敗だ。そう。悲しいことに。


 僕は、「だったらさ。『そっちのこと』と社会性は、本当は関係がないんだよ。例えばさ。その女が、授業参観なんかで男性教員を口説いてたわけじゃないよね。そこを混同して考えちゃっうんだったら、それは僕たちの誤りなんだよ。」と言った。


 妻は面食らった様子で、「うん、もちろん。あなたの言ってることは、もちろん分かる。でもね。現実問題として、『そこ』には関係があるものなの。」と言った。「あなたは、世間知らずのお坊ちゃんに過ぎない。」


 そうかもしれない。僕は、幾分年を取りすぎたお坊ちゃんだ。


 ☆


 まあ、真実は(そんなものがあるとすれば)、中間地点なんだろう。


 バツ2のママは、社会性もちゃんと持っているけど、それは完璧なものじゃない。世のバツ2のママの誰をとっても、そうだろう。そして僕の性欲は、犬や猫と同じでもあるし、違ってもいる。そしてそんな状況は、世の男性の大半も同じはずだ。


 ☆


 妻も子供も外出し、僕が一人でダイニングテーブルの前に座っているときなんかに、妻の不倫相手はどんな男なんだろう?、と考えてみるとことがある。


 でも妻が、「社会性」なんていう言葉を口にするんだったら、彼はそれなりに立派な人間なのかもしれない。まあ、取ってつけたみたいな言い方だけど、僕としてはそこに皮肉は全くない。立派であるということは、男にとってかなりの努力が必要なことなのだ。(そう。現実問題として。)そして僕は、少なくてもそういう努力には敬意を払いたいと思う。


 ☆


 そう。僕も一度だけ、浮気をしたことがある。


 暑い盛りの時期で、おまけにその日は快晴だった。待ち合わせは、綺麗に整備された港町の公園。「初めまして」と言って、しばらく歩いたあと車に乗り込むと、一気に汗が吹き出した。


 街なかに苦労して車を止め、うどん屋に入った。狭い店内で向かい合って肉うどんを食べた。メールでのやりとりのようには、僕たちは上手く喋ることができなかった。でも、親密さを感じた。そういうのは久しぶりだった。「私たち、上手くやれそう。」と彼女が言った。


 そう。部活動でクタクタになった後、アイスを食べながら仲の良い友達と肩を並べて下校しているときのような気分だった。夏の盛り。徐々に、でも確実に涼しくなり、心地よくなる風に身をまかせている時間帯のことだ。


 上手く……? セックスのことだろうか? それともこの関係のことだろうか?


 真っ昼間から窓のないホテルの部屋に入って、照明をかなり落としてからお互い自分の服を脱ぎ、ベッドに潜り込んだ。彼女は服を脱ぐとき、「あっち向いてて」と言った。


 彼女を抱きしめながらキスをして、彼女の体温が上がるのを感じてから、僕はその胸に触れた。着痩せするタイプなんだろうな。乳房は思いの外大きくて、僕の手のひらには収まらりきらないくらいだった。彼女はそれでもまた、「見ないで」と言った。


 「とても綺麗な身体……。服を着てるより、こうして裸でいる方がずっといいよ。」と、僕は言った。「高校のときは、運動部だった?」と聞くと、「ううん。」と、彼女は答えた。「信じられないな。」と、僕は言って少し笑った。後ろから見ると、肩からウェストにかけてなだらかな逆三角形を成していて、さらにそこから豊かなお尻の曲線が始まる。


 不思議だ。何かの力で制御されたような、完璧なプロポーションなんだけどな、と思った。そして、妻よりもちょっと高い体温。


 ☆


 妻のiPhoneを眺めながら、僕はもう一度、悩んでいる。僕は、妻の不倫の内容をちゃんと確認すべきなんだろうか? そう、もしかしたら……。彼女はそれを望んでいるのかも知れない、と思った。


「あなたがもし立派な男なら、戦うべきときは戦いなさい。たとえその相手が、あなたの妻だとしてもね。」、と。


(おわり)

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