君と僕

宵闇(ヨイヤミ)

第1話

君は口癖のように「死にたい」と言う。心臓が悪く後先が短い僕は「生きろ」と言うことしかできない。

君は僕に残された時間を知らない。

君はまだ生きることができる。

それに比べて僕には制限がある。

僕はもう短い。だから君には僕の分まで生きてほしい。

君はそれを分かってくれているのだろうか。


君は毎日僕の病室へとやって来る。

そしていつも、ここへ来るまでにあったことを話してくれる。

その話や君が来てくれることが残り少ない僕の唯一の楽しみだ。

「道端にとても綺麗な花が咲いていたよ」

「小児科の病棟を通って来たのだけれど、誰か誕生日の子がいたみたいだ」

そんな他愛もない会話。

そんな会話が唯一の楽しみだと言ったら「そんなことが唯一の楽しみ?」だとか言われるかもしれない。普通の人にとっては日常的に友達や家族と話すことが出来るから普通のことなのかもしれない。しかし、僕には家族も友達もいない。それに、心臓が悪いから外に出ることも出来ない。1人病室にいるだけ。だから僕には彼と話す時間が唯一の楽しみなんだ。

そんなある日だった。毎日欠かさず僕の病室に来ていた彼がその日は来なかった。

とても静かで寂しい空気に包まれた。

すると突然病室の外が騒がしくなった。

体温などを測りに来てくれていた看護師さんに聞くと、1人の男の子が事故にあい大怪我をしてここへ運ばれてきたと言った。

僕が看護師さんにその子のことを聞くと、とても言いずらそうにしていた。

「…もしかしてその男の子ってよくここに来ますか?」

「……落ち着いて聞いてね、事故にあったのは………よく君に会いに来てくれるあの男の子よ」

僕はとても驚いたがそれと同時に嫌な予想が当たってしまったとも思った。

信じる信じないの問題ではなく、僕は彼が今どういう状態なのかが気になって仕方がなかった。

「彼は今どこにいるんですか?」

「ついさっき手当をつけて、今は病室で安静にしているはずよ。会いに行くの?」

「行きたいです」

「そう言うと思ってたわ。彼の病室はこの階よ。ここを右に行って5つ目の病室にいるはずよ」

「はい、ありがとうございます」

激しい運動は厳禁だが、たまに廊下を歩くくらいなら僕にでも出来た。ゆっくりと起き上がり下履きを履き、点滴のついたそれを持ち、杖代わりのように使い看護師さんから教えてもらった病室へ行った。

中へ入ると、そこは1人用の広い病室だった。

ベッドの上には酸素マスクを付けて眠ったままの彼がいた。

「なんで君がこんなことになっているんだい……?いつもの元気で楽しい話を聞かせておくれよ……」

僕の目からはいつの間にか大粒の涙がポタポタと出てきていた。涙のせいで視界が歪んでいる。自然と彼の手を握ったまま、僕はその場に膝をついた。涙を止めようにも止まらない。頑張って立とうと思って頑張ってみても、全く力が入らない。

「君の話を……また早く僕に聞かせておくれよ………」

「…………泣く、な…よ…」

僕は驚いた。声がした方を見ると、彼がうっすらと目を開けてこちらをみていた。

「……気がついた………?」

「そんな側で泣かれたら、起きなきゃって………そう、思うだろ」

あぁ、僕は何故今までこんな当たり前のことに気付くことが出来なかったんだろうか。こんな僕のところにいつも来てくれるのは、彼の優しさだったのかもしれない。でなければこんな僕のところに毎日欠かさず来るわけがなかったんだ。

見た目がどれだけ悪くても、彼は彼なんだよ。人は見た目ではなく中身だ。

彼が改めてそれを教えてくれた気がした。

「君が事故にあったと聞いて、僕がどれだけ心配したか……」

「ごめん、心配をかけちゃって……」

「そんな顔しないでくれ……また僕に君の話を聞かせてくれるんだろう?」

「うん…またいつもみたいに行くよ……沢山話すよ、もういいって、飽きられるまで話すからっ……!」

「早く元気になって、また来てくれ……」

僕たちは互いに泣いた。

時が過ぎていくとこも構わずに、泣いた。

そしてその数日後、彼は無事退院した。


彼が退院してからというもの、いつもより早く僕の所へ来ては沢山話をしていくようになった。そして前は昼を過ぎて少しすると帰っていたのに、今では夕方までいるようになった。下の購買でパンやおにぎりなどを買って、僕がお昼を食べるときに彼も一緒になって食べるようになった。

「にしても、僕なんかといて楽しいのかい?」

「1人でいるよりいいさ」

「そうか。君が嫌でないないつでも来てくれないか?もっと僕に色々な話を聞かせてくれ」

「要は今まで通りって事だよな?」

「まぁね」

互いに泣きあったあの日は、今では笑い合う日々へと変わった。

彼のする話は前と変わらず、「ここに来る途中で猫を見たよ」、「さっき小児科のところを通ったときに小さな子が転んだが、その子は泣かずに1人で立ち上がったよ」と言った話だった。前と変わらない、普通の他愛もない話だ。

しかし僕は、前よりももっと彼の話が楽しく聞こえる。それは多分、彼の話し方が前よりも少し明るく楽しそうになったからなのだろうな。





そして僕は、それから2週間後_____

「ねぇ、まだ僕の話聞きたいんじゃなかったの?たま沢山話すからさ、早く目あけてよ………」

僕は意識不明になり、そのまま息を引き取った。

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