第1話
おもむろに、ベッドの四方を遮断する薄水色のカーテンの向こうに人影が現れて、「失礼します」と女子の声が聞こえた。
はいどうぞ、と僕が返事すると、その人影はカーテンを開いた。現れたのはクラスメートの
その彼女が何やら小さな袋を抱えてやって来た。学級委員長様のお見舞いだなんて、僕には畏れ多いぐらいだった。
いらっしゃい、と僕は挨拶した。
「こんにちは。体調はどう?」
愛想よく海埼は微笑んだ。
彼女がこの時間にお見舞いに来ることは事前に聞いていたので、いきなりベッドを覗かれても恥を晒さない程度に、心の準備は出来ていた。
「元気だよ。今は別に、怪我や病気で入院してるわけじゃないしね」
僕は軽く答えた。「わざわざお見舞いに来てもらって、ありがとう。何も出せるものがなくて申し訳ないけど……ああ、良ければそこの椅子に座って」
「いいよいいよ、すぐに帰るしお構いなく。これ、差し入れ。また後で食べて」
そう言って海埼は抱えていた袋を僕に手渡した。中をちらりと見ると、お菓子やらジャンキーなインスタント食品やらがてんこ盛りに入っていた。たぶん、僕と普段よく喋るどいつかが入れ知恵したのだろう、僕の嗜好にずいぶん的確なチョイスだと感心した。
「いやいや、こんなに食べたら絶対太るって。と言うか、看護師さんに見つかったら絶対呼び出し食らう……」
「別に太ったって何だっていいじゃん。週明けには換体なんでしょ?」
海埼は悪巧みをするようにニシシと笑いながら言った。「20キロ太ったって、また新しいスマートな身体に代わるんだし」
「お前なぁ、換体を何だと思ってんだ……」
僕は苦笑した。けれど、せっかくなのでそういう自己破壊的な行為に励むのも楽しいかも知れない。いくらジャンクフードと言えども、ほんの数日過剰摂食したぐらいで壊れてしまうほど、肉体というのはやわじゃない。
「それから、その袋に皆からの寄せ書きと、こないだの学習合宿の時の写真を入れてるから」
「へぇ、わざわざありがとう」
今、クラスメートの写真が見たいかというと、複雑な気分だった。
けれど、ジャンク食品の端っこに少し厚手のポリ袋に入ったハンカチ大ぐらいの小さな色紙と、恐らく数枚分の写真が見つかった。「何だか、大げさとか言ったら失礼だけど、まるで僕がこれから死ぬみたいだね……来月にはまた学校行くんだけどな」
「……まぁ、それも後で読んでよ」
「え、今見ちゃだめなの? なんか恥ずかしいことでも書いてあるわけ?」
「“後で”読んでよ、“後で”」
海埼は少し照れ臭そうにそう念押ししたので、僕もその場で開封することはせず、素直に袋を枕元に置いた。後で読むのが少し楽しみになった。
これで海埼ももう帰るのかなと思ったら、意外にも彼女はベッド脇の丸椅子にすとんと座った。
そして僕の方を数秒ほどじっと見つめた。
「……な、何? 緊張するんだけど」とどもりながら言うと、海埼は真剣な表情で尋ねた。
「……ねぇ、換体って怖くないの?」
意外なクエスチョンだった。さっきまでジャンクフード食べて太ってしまえなどと冒涜的なことを言っていたくせに。
「えっと、怖い、っていうのはどういう意味で?」
僕は彼女の問題意識をもう少し探るべく訊いた。
「だって、生まれ持ったオリジナルの身体から、義体に替わるんだよ? 意識とか、記憶とか、容姿や運動神経とか、みーんな引き継がれるとは言うし、もし何かあってもリストアできるって言うけど……。それに、換体って普通もうちょっと大人になって、早くても30代ぐらいからやるものだと思ってたから。そんなに早く換体するなんて何かあったのかな、って友達とも話しててね」
そこまで海埼はまくし立てると、ふと勢いが抜けたように「……ごめん、すごく無神経なことを聞いているかもだけど」と眼を伏せた。
僕はそれにどう答えてよいものか少し逡巡した。理由と言われても、そんなに深く考えているかと言われると、怪しいものだったから。
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