第46話 なぜ働くの?

5年前に「夢だよー」とハナで笑われたアイデアは、今年のはじめに商品化されて、いまでは生産が追いつきません。


6年前に「実現不可能」と一蹴されたサービスは、今やローマ法王ですら毎日使っています。



働きはじめてからずっと、何だってそうやって実現させてきました。「こうだったらいいな」という自分の思い描いた未来は、必ず形にしてきました。



会社に使われてるなど、一度も考えたことはありません。

同僚は、役員も含め、一緒に考え、汗を流してきた仲間です。

自分達こそが今の会社をつくりあげてきたのだと、皆そう思って働いています。 皆が開拓者です。



みんなが使うようになったこの小さな機械から、様々な文化が派生していっています。この文化を作り支えたいのです。この小さな機械から生まれる未来を、特等席で見ていたいのです。




お金?地位?名声? 全く興味ありません。







2006年12月05日01:01


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これは2006年の12月に書いた日記ですが、基本的な考えは変わっていないものの、3.11を経て、少し考えが変わった部分があります。


3.11以降、多くの人が家族も家も職も失い、働きたくても働けない状況にあります。


そんな状況の中「働き口がある」という幸運を実感しています。


働くということは、主に二つの側面があると考えています。


一つは糊口をしのぐということ。


要は、「食べるために働く」ということです。


人間は食べなければ生きてはいけません。従って、この「食べるため」ということは、働いて、食べるお金を稼ぐという意味において、決して無視できるものではないと思っています。


これは非常にシンプルで、太古の昔から、人はこのために働いてきた といっても過言ではないと思います。



では、ただ単に「糊口をしのぐ」ためだけに働ければ、それでいいのでしょうか?


これについては、多くのご意見があろうかとは思いますが、僕は、働くということイコール食うこと ではないような気がします。


食うにプラスアルファの何か を常に求めたいのです。


働くとなると、週に5ないし6日、おおよそ8時間づつの時間をそのために費やす ということです。


これは、結構な時間です。


この「結構な時間」をただ奴隷のように働いて、食い扶持を得て、それで終わり。というのでは、いささか悲しすぎると思うのです。


プラスアルファで必要なのは、「働くことの喜び」であり「働き甲斐」であり「楽しさ、嬉しさ」であり「生きがい」であり「誇り」です。


就活的な言葉で言えば「自己実現」。自分は何のために生まれてきて、何をする人間なのか。ということです。



それは、特に大それたものでなくてもいいような気が、3.11以降特に、しています。


自らにとっての、愛する家族にとっての、子供にとっての、最適解であれば、それはそれで十二分に意味を成すもの、「誇り」となるもの。と考えています。






お金や地位や名声に、まったく興味がないのは、相変わらずですが。。。


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