第28話 潜水狂

大学3年の秋。


気の早いスキーヤー達が板を積んで関越道を走り始める頃、僕は小笠原にいた。


秋とはいえ、小笠原はまだ真夏の太陽が照り付けていて、この時季特有の台風もそれ、晴天が続いていた。




この日むかったのは、通称「ドブ磯」と呼ばれるポイントで、海の真っ只中にテーブル状の岩礁が突き出している。


岩礁の中央にナタで割ったような裂け目があり、そこがダイビングポイントになっている。


流れが激しく、晴天の続いた凪いだ日にしか行けない上級者ポイントで、全てのダイバー憧れの地だ。




今回のスケジュールは、丁度C大のチームと重なっていて、この日も同じ船だった。


もともと交流のあるチームなので、メンバーの気心も知れ、スキルも同程度なのでとてもやり易かった。


何より今回、同じ体験をしてきている事が嬉しく、その事が僕達の結束を強めていた。




ポイントに着くと、各自、装備の装着を始めた。揺れる狭い船上での装備装着は、ある程度馴れが必要だが、パラシュート降下前の特殊部隊かのように迅速に済んだ。


簡単なブリーフィングの後、次々に船から飛び込む。


満ち潮と引き潮の間の潮が止まる30分が勝負だ。


それを逃すと激しい流れに呑まれ、遠くどこかへ流されるか、岩に叩きつけられ、魚の餌となる。




水面の安全を確認して、飛び込む。



水沫の白のあと、視界がブルーに染まる。



流れは速い。噂どおりだ。



一旦浮上して、船体の真横にポジションをとり、船上から大きな黄色い物体を受け取る。耐圧防水のパックに入ったビデオカメラだ。


回遊性の大型魚が集まるこのポイントで、僕はその巨大な魚影をカメラにおさめようと目論んでいた。


再度潜行すると、C大のOが目をパチクリさせていた。少なくとも片手が塞がれ、デカくてかさばり、水の抵抗を受けるビデオカメラを僕が持ち込んだ事に驚いていた。その驚いた顔が可笑しくて、僕はさっそくカメラにおさめた。





水中で集合した後、裂け目に向かった。


流れは激しく、うっかりすると身体が大きく左右に揺さぶられ、もっていかれる。


岩礁のわずかな隙間にナイフをこじ入れ、片手で身体をホールドする。流れが止まった瞬間を見計らって前進する。


それを繰り返して裂け目の入り口に着く。





後続を待っている間も、マスクが飛ばされるようなうねりが続く。


全員が揃い、裂け目に入るタイミングを窺った。



 一瞬流れが止まる。 GOだ。



肺に空気を吸い込み浮力を得る。同時にナイフを引き抜き、裂け目に向かって猛然とダッシュする。


近寄ると吸い込まれるような大きな水流に呑まれ、裂け目に入った。 


垂直に岩が切り立つ。岩の壁にナイフを突き立て、ホールドする。


カメラを今入った裂け目の入り口に向ける。青く光る水の中、続いて裂け目に入ってくる仲間のシルエットを写す。



その後ろで黒い影が走る。 



  マグロだ。 



今移動してきた激流の中を悠然と泳いでいる。


ギラリと身を翻えし、その影は高速で青の彼方に溶けていった。

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