ロマンスカー
文子夕夏
第1話:君を満たせぬ者は
夕陽に染まる
別の高校の制服に身を纏い、高い位置でポニーテールを結わえる彼女。他に人がいない事を確認してから、自動販売機に用事がある振りをして僕は近付いた。接近する僕に気付いたらしく、サッと取り出したハンカチで手早く顔を拭い、素知らぬ風に目元を拭った。
つい数分前まで、彼女は泣いていた。
赤の他人である僕にすら涙を見せぬよう配慮する姿に、ちょっとした可笑しさを覚え、次にどうしようも無いくらいの愛おしさが湧いてきた。一目惚れ、という恋愛反応に否定的だった僕は、改めて、僕の世間知らずさを笑った。
別にジュースが飲みたい訳では無かった。それでも近寄る口実として自動販売機へ向かったのだから、一番安く、いつ捨てても構わないような麦茶を買った。受取口に落下するペットボトルがうるさかった。
スマートフォンを確認する、次の列車まで一五分後だ。この駅に停まる列車は少ない、彼女もきっと同じ列車に乗るのだろう。同じ方角を目指すという共通点が嬉しかった。
少し離れたベンチに腰を下ろし、横目で彼女を見やった。年頃の少女らしくスマートフォンを弄るのかと思えば、彼女は何もしない。線路の向こう、背の高い雑草が生えるだけの、面白くも無い場所をジッと見つめているだけだった。倣い、僕も雑草を見つめた。
五分見つめ、一〇分見つめた辺りで、再び僕は彼女を見やった。
ブレザーのポケットに手を突っ込み、身体を少し沈めたものの、まだ不満そうに雑草を見つめている。可憐な横顔に似付かわしくない格好が、寂れた無人駅に不思議な程似合っていた。
美しい花が咲いている訳でも、珍しい小鳥が囀っている訳でも無い。何処にでも生えていそうな、明日には抜かれていそうな雑草を、彼女は辛抱強く眺めている。眺めていれば、その内に良い事が起こると信じているようだった。
風が吹いた。ホームに積もる砂埃が目の中に飛び込んだ。僕は自動的に零れる涙を拭ったが、五メートル左にいる彼女は微動だにしなかった。靡く髪は黒い果実のように揺れ、スカートは遠慮がちに太股を撫でている。
きっと、失恋したのだろう。
人形のように座る彼女を思い、こんな予想が頭を過った。同時に、彼女のような人を袖にする男は何て贅沢なんだろう、と僕は腹を立てた。「貴方が好きです」と頬を赤らめ、泣き出しそうな表情で告白する彼女が思い浮かぶ。
僕なら、絶対に承諾するのに……そう悩み、妬んでも現状が良い方に変わる事なんて無い。一七年しか生きていない僕だって、そのくらいは知っている。
遠くから眩い光が二つ、微かに揺れながら此方へやって来た。鉄輪と線路が擦れ合う音が遅れて聞こえた。
僕と彼女の乗る列車は一両しかない。横に長い座席が対面するように設え、銀色と緑色に染め抜かれた古臭い列車だ。
僕が乗り込むよりも先に、彼女は足早に車内へ入って行った。そこを予約していたように、一番隅の場所へ彼女は腰を下ろした。
車内を見渡す。僕と彼女、縮こまるように眠るお婆さんだけだった。やはり予約していたように、彼女から丁度斜めの位置に座った僕は、動き出す列車の上下動に身を任せ、車窓からホームを眺めていた。
踏切の音が左から聞こえ、調子を変えて右へ過ぎて行く。いつもの帰路だった。
ふと、彼女の方を見やった。
溜め込んだ疲れがあるのだろう、彼女は気怠そうに眠っている。僕が列車を降りる時も、彼女は相変わらず目を閉じ、鞄を我が子のように抱き締めていた。
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