第2話 黒鐘滅魔隊第四班、羽崎班

これは、瑶太と雛が出会ってから3年たったある日の事である。


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 黒々とした雲が天にどんよりと漂っていて、月の光は雲が風によって動くことでたまに地面にまで届き、闇を照らす夜。


 帝都、ネグロテイア。


 昼間は商売人が声高らかに自分の品物の嘘八百を並べているこのガロン市場も夜になってはシンとしてどこか不気味である。


 ここの商売人達はここに住んでいるのではなく、他の居住区に住んでいるので今頃はそっちに帰って床についているだろう。


 そんなガロン市場の通りに、もう日付も変わってしまったこんな刻に、叫びながら走る者がいた。


「魔、魔族だ!!誰か。誰か、助けてくれええ!!!」


 その手には子供をしっかりと抱いている。


「ぐひゃ、てぶちっ」


 形容しがたい声をあげながら背後をおう魔族と呼ばれた者は一見ただの人間に見えるのだが、走りながら口からペロペロと出している舌は人間の者よりも随分と細く、先が二股に分かれている。


 魔族の先祖は人間と同じである。多くの人種が進化しながら争う中で、ある人種は大きい脳を、ある人種は高い身体能力を手に入れるようになった。


 魔族はその高い身体能力を手に入れた人種の生き残りであり、身体能力の維持に必要とする莫大なエネルギーを他の人種の脳みそを喰らう事によって得る。


 古くより大きい脳みそを獲得した人類であるサピエンス達はこの魔族達を駆逐し続けているが、見た目が人間と舌を除いて全く変わらず、身体能力が異常に高く、特別な武器でしか命をたてないので、現在もサピエンスが築いた社会に暗い影を落としている。


 ここ、グリンデルバルト帝国ももちろん例外ではなかった。


「クソっ。子供だけでも、子供だけでも何とかっ。この子は今日二歳になったばかりなんだぞっ!!」


 追われている魔族ではない一般の人間は迫り来る魔族を見てそう言い放つ。


 今日はその腕に抱く愛娘の二歳の誕生日だった。


 夜は丸腰で出て行けば魔族に喰われる。そんなことはこの男だって分かっていた。28年もこの世界に住んでいるのでそんなことは常識だった。


 それでも、この愛娘に見せてやりたかった。


 この時期の夜、菜園場のわきの用水路でキラキラと美しく光る蛍を。


 この子のお母さんは出産の時に亡くなっている。


 元々身体が弱い人で医者からは子供か母体かどちらしか助からない。


 そう言われて、彼女はあなたにあとは任せる。と、自分たちの子の方を迷うこともなく選んだ。


 それから二年間、子育てなんて分からないことばかりだったけど何とかこの頃は慣れてきて腕に抱くこの子も自分に良く懐いてくれて可愛い盛り。


 こんな時に、こんな時にこの子を死なせてしまうなんて、絶対に出来ない。亡くなった妻に顔向けが出来ないじゃないかっ。


 もう体力もほとんど使い果たして本当は今すぐに倒れそうになっている男の気力は妻へのそんな思いからかろうじて保たれている。


「だ、誰かあ!!」


 声はもう枯れてきているし、誰も助けてくれないことは分かっている。


 皆、こんな状況を見ても助けなんてしないだろう。魔族に遭遇したら万に一つも助かることはないのだから。誰だって自分の命が一番大事なのだ。


 疲労により、もう男の足も動かなくなってきた。


 ここで死ぬ。そう思った彼は自分の愛娘を前方に見えた市場に良くある売り場のテントの上に放り投げた。


 自分が必死で抵抗して時間を稼ごうという思いでの行動だった。


 そして、足を止めた男は振り返って魔族を見た。


 黄色いパーカーを来た一見普通の少年。しかしその舌が二股に分かれていることから魔族である事は確実だ。


「食うなら俺を食え」


 そう、男は言い放った。


「ええ?おじさんの脳みそ?言われなくても食ってやんよ !」


 ニタリと気味の悪い笑みで口の周りを二股の舌でなめ回しながら魔族はそう言った。


「時間がねえんだ。悪いがおじさんの脳みその後はあの子供の脳みそも頂く」


「それだけは、それだけはやめてくれ!!!!」


 男が魔族の言うことを聞いて、土下座ながらに嘆願した。


 それを見て、魔族は鼻でフフンと笑うと、「あのな、こっちも生きんので必死なんだよ!最近は帝国でも黒鐘家の奴らが帝国滅魔隊とか言う組織を結成して魔族を狩りまくってんだよ!!俺の母さんも父さんも、皆あいつらに殺された……。お前らは、脳みそがでかい人間達は皆、俺の敵なんだよっ。だから俺はお前らを一人でも多く殺して父さん達のとこに行くんだっ!!」と言い、その魔族の者は手をナイフのように硬質化させて男に襲いかかった。


「チリン……チリン……」


 その時、遠くから風鈴の音が微かになってきた。


 魔族の動きが止まって、そちらをじっと見る。


「黒鐘の奴らだっ。あの音は……4番風鈴……。羽崎班の奴らか。……っ。母さんと父さんの敵っ。絶対に羽崎を殺す!!」


 魔族はそう言い、風鈴の音がする方を向き、身構える。


 食べようとしていた男の事なんて忘れてしまったようだ。


 男が隙を見てサッと逃げ出したが魔族はそれにかまわない。


 自分と同じく魔族であった自分の両親を殺害した羽崎という男の率いる黒鐘滅魔隊の4番班に対する憎しみでこの魔族は自我を失っていた。


 風鈴の音がドンドンと近づいてくる。


 遠くの方に黒鐘滅魔隊が必ず夜の任務時に携行している黒鐘家の家紋、下がり藤があしらわれた提灯が揺れているのが見える。


 その家紋の下に四の文字が墨で書かれているので、やはり羽崎班に間違いない。


 揺れ具合からして、かなりの速度で走っているのだろう。


 両者の位置はものの数秒でお互いの姿が見えるまでに近づいた。


 羽崎班の一番先頭にいた一人が残り2人いる班員に手で止まれと合図した。


 漆黒の着物で身を包み、少し痩せているが背筋はしゃんと伸び、腰には太刀と脇差しが差されており、額には黒鐘の家紋が書かれた鉢巻きをしている。


 この男が黒鐘滅魔隊第四班を率いる羽崎瑶太だった。


 彼は三年前に突如として黒鐘家の屋敷に現れ、そこから滅魔隊に入隊。


 今や班長を任されるほどの腕前になっていた。


 彼は剣士という役職に就いていて主な仕事は魔族への直接的な攻撃と魔族にトドメをさすこと。


 その腰に差された魔払いという模様が刀身に施された太刀をもって、滅魔を行う。


 あと二人の班員はそれぞれ、巫女と札使いである。


 巫女は名の通り巫女服を着て、手に持った神木から作られた棒状の神器を使って班員の体力を回復するという役職であり、羽崎班の場合は班長と共に突如として黒鐘家の屋敷に現れた現在は瑶太の妻でもある羽崎雛が務めている。


 三年という月日が経っているのだが、服装以外には瑶太と初めて会った時と見た目は全くもって変わっていない。


 札使いは札を使って自分の家の氏神を操って剣士の援護攻撃をする役職である。


 この班の場合はアストレア=ミッターマイヤーという紫髪のこの班の巫女と剣士より年上の者が務めていた。


 服装は剣士と巫女は指定されているが、札使いはそうではない。


 アストレアは自分が服屋で選んだ服を着ているのだが、その着ている服はいわゆる瑶太達がいた世界のセーラー服と酷似している。


 なので、漆黒の着物を着た瑶太と巫女服に身を包んだ雛とセーラー服でその豊満な身体を包んだアストレアの三人からなる羽崎班はなかなかの異彩を放っている。


 羽崎班は結成一年で魔族の討伐数をぐんぐんとあげている。まず好調といえたところだ。


「……おまえ、どこの魔族派閥の者だ?一応聞いておかないとお前を倒したあとの上への手続きが面倒くさいんだ」


 しばらく抜刀もせずに魔族を観察していた瑶太はそう魔族に言った。


「はざきいいいいいいいいいい。忘れたとは言わせねえぞおおお!」


 魔族が目をひんむいて、殺気を隠すこともなく瑶太に言った。


「……?アストレア、雛、あいつに見覚えは?」


 雛とアストレアは首を横に振ったがアストレアの氏神であるピーちゃんが首を縦に振った。


 可愛い名前だけどピーちゃんはれっきとした氏神で、ミッターマイヤー家始まって以来札使いの氏神としてミッターマイヤー家を支えている。


 カラスに似た鳥形の氏神だが喋ることが出来る。


 そのくちばしに目玉をもがれた魔族の数は計り知れない……らしい。


「あいつは、この前のデウス一派討伐の時にいたやつだな。ほら、2ヶ月ぐらい前にあっただろう?1班の黒鐘班が直々に討伐に行きなさったときの」


 デウス一派というと、いくつも帝都内にある魔族派閥の中でもここ数年特に人間を多く殺害するようになったので皇帝殿下直々の命により討伐命令が出され、黒鐘滅魔隊がその討伐を2ヶ月前に行った今は無き魔族派閥だった。


 羽崎班もその作戦に参加し、5体ほどの魔族を滅魔した。


 その中で家の中にいた夫婦の魔族を滅魔している時に勝手口から逃げていった魔族が今、羽崎班と対峙している魔族にどうやら似ている。ということらしい。


 班員達にしてみると(そんなことあったような無かったような……)という程度のことなのだが。


「説明ありがとよカラス!そうだ。あのときにお前らに両親を殺された!だからだからだからだから俺ははざきいいいいいい。お前を絶対に殺す!!」


「ご両親を殺されたのが辛いのは分かる。でもな、お前が、お前の両親が、魔族がこれまでに食べてきた、殺してきた人達にだって家族は居るんだ。僕たちはこれまでに何度もあと一歩のところで助けられなかった人にすがりつきながら「生き返って。お願いだから。」と泣き叫び、悲しむ人たちを見てきている。魔族のお前達は僕の太刀の魔払いの模様によって滅魔され、灰になり消えるが、俺たち人間は違うんだぞ?幼い頃から一緒に暮らしてきた大切な人の死体はお前らに頭かち割られて脳みそを全部喰われた状態で遺族の元に行く。こんな事はもう沢山なんだよ」


 瑶太はゆっくりと太刀を抜刀しながらそう言った。


 3尺4寸、河内守頼光によって鍛えられたれっきとした名刀宗良である。


 その刃が月の光を受け、キラリと光っている。


「黙れえええええ!!俺たちは脳みそないと死ぬんだよ!どうやって生きていけば良いんだよ?これまで喰った奴らのお陰で俺は生きてる。お前らだって、他の動物の命奪って生きてんじゃねえか!!とにかく、おれはお前を殺す!!」


 そう言い、魔族は羽崎班に突っ込んできた。


「二つ名持ちでもないし、見た感じ自我を忘れている。雛、アストレア。山陰の構えだ」


「「了解っ」」


 班員はすぐに指示されたとおりの陣形に散らばった。


「うありゃあああああああああ」


 魔族は一直線に瑶太を目指して襲ってくる。


 瑶太はそれをひらりとかわすと平正眼に太刀を構え、


「黒鐘の名において貴様を滅魔する。天に昇り仏となれ」


 魔族の首を切り払った。自我を忘れた怒りにまかせた攻撃など瑶太にとっては全くもって遊びのようなものだ。


 切られてから少し遅れて、魔族の首に真横に赤い筋が入り、直ぐにそこから鮮血が吹き出した。


「うぐっ」


 と短く魔族は言うとその場に倒れた。


 まだ灰にならないので死んではいない。


 太刀の血振りを済ました瑶太が近づいていき、「名前はなんだ?」と問うた。


 首を切られている激痛を耐えながらも魔族は「……ハイン」そう短く言った。


 雛にその名を紙に書かせると、瑶太はトドメをさす、つまり首を切り落とすために太刀を振り上げた。


 そしてその太刀をふり降ろさんとする時に、この魔族にしか聞こえないほどの声で「すまない、ハイン。天国でご両親と会ってくれ」そう瑶太は言った。


 切り落とされた首は少し笑っていたが直ぐに胴体と共に灰となって風に飛ばされていった。


「お疲れ様だな。瑶太」


 今回は氏神以外役に立たなかったアストレアが彼をねぎらう。


「いつも通りかっこよかったよ!お兄ちゃんっ」


「そのお兄ちゃんってのどうにかならないのか?もう結婚して二年以上経つってのに」


「お兄ちゃんはお兄ちゃんなのっ」


 巫女服姿の瑶太の妻、雛は会って直ぐに瑶太と結婚したのだが未だに名前で読んでくれないので 瑶太は二年以上ずっと同じ事を自分の小さなお姫様に言っている。


 これだけ言っても直らないのでもう、一生直らないと正直瑶太は諦めてきている。


「雛ね、雛ね、今日は何もしてないけど、頑張って走ったんだよ!だからだから、お兄ちゃんは雛をなでなでしなきゃだめだと思う……の」


 雛が瑶太にくっついてきて頭を差し出す。


「はいはい」


 雛の美しい赤髪を見つつ、ポムポムと雛の頭をなでる。


 シャンプーの良い匂いがする。昨日市場で買ったやつだけど当たりのようだった。頭がぼんやりとする。


 雛の頭をなでるのは今や瑶太達の討伐が終わったときのお約束にもなっているものだった。


 瑶太自身、雛とイチャイチャ出来るのはもちろん嬉しいので、この行為は報酬の一部だと思っている。


「はあ~またか」


 隣で様子を見ていたアストレアがうんざりとしてそう言った。


「アストレアっ。寂しいなら、お前もなでなでしてやろうか?」


「ほ、ほんとに?」


 アストレアは少女のように無邪気な喜びを見せた。


 その身体は全くもって少女とは色々と正反対のものであるのだが……。


「じゃあ、お願い……しようかしら」


 アストレアも雛と同じように、頭を瑶太に差し出す。


 瑶太は左手でその紫色の髪をなでた。


 右手は、脇差しを鞘に入れたまま抜いて、雛からの猛攻を防いでいる。


「もお~!いっつもいっつも!雛のお兄ちゃんなのにい!!」


 ほっぺたを膨らませて雛は闇雲に巫女の神器で殴りかかってくる。


 それ神器なんだが……。


 雛の巫女服は構造は着物と同じなので暴れると……はだける。


(もう見えそうなんだが……)そんなことを思いつつも瑶太は雛の身体の大きさにしては大きな胸の膨らみを凝視する。


 その視線に気づいたのか雛は攻撃を止めて自分の胸を見る。


 そして「む~っ!お兄ちゃんのエッチ!!」といってまた襲いかかってくる。


 小声で「こんなところで恥ずかしいよ。あとで……ね?」とか言いながら。


(後ってなんだ?)


 雛にばかりかまっていると今度はアストレアはアストレアで拗ねる。


 そんなこんなで事を収めるのに一時間はかかった。


 瑶太は自分が生きていくために滅魔を行っている。


 今回のような魔族も二年以上滅魔をしていると出会うことも多かった。


 瑶太がこの世界に来てから己の手で滅魔した魔族達は100にものぼる。


 彼はその全員の名前と顔を覚えている。それが彼らに対するはなむけになるのだと考えているからだ。


 今日、彼が記憶している魔族の中にハインという魔族が加わった。


 明日からもまた、瑶太達は魔族を滅魔する。己が生きるために。



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 ハインとの戦いが終わったその翌日、瑶太達に奇妙な依頼が届いた。

 今度は人間を狩って欲しいというものだった。


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