第10話

 二〇一四年、七月七日――夏を控えた月曜日。

 中山順也は、勇気を出して珠希に連絡してみることにした。

 昨年働き始めたホテル清掃の仕事にも慣れて、自分の生活もやっと落ち着いた。

 思った以上の肉体労働だが、他の従業員も優しくしてくれるので長く続けていくだけの確信が持てた。


 珠希と別れて三年が経つ。

 事情を詳しく説明して、もう一度やり直さないかと言いたかった。

 月日が過ぎたことで、思い出の中の珠希が美化されている部分もあるだろう。

 それでも順也には、珠希以外と生きていくことは考えられなかった。


 仕事帰りの電車に揺られながら、メッセージアプリを立ち上げる。

“知り合いかも?”と表示されている珠希の名前を叩いて深呼吸をする。

 核ミサイルの発射スイッチのようにも思えた友達追加ボタンは、あっさりと承認され、友達リストの中に珠希の名前が表示されている。


 自分の名前は、『ひまわり』と設定した。

 彼女の好きな花から命名したものの、女性の名前のようで気恥ずかしい思いはある。


 少し待っていれば、由美子が上手に説明して間を取り持ってくれる、なんて甘い考えもあった。

 しかし、待てど暮せど、珠希や由美子からの連絡はなかった。


 自分のことを明かせば、この僅かな繋がりでさえも否定されてしまいそうで怖かった。


 自宅のドアを開けながら、どんなメッセージを入力するかを考えた。

 はやる気持ちと不安のせいで、言葉を上手にまとめられない。


『この向日葵のアイコン、静香だよね?』

 職場がパーティー会場となったときに撮影した花束の画像に対して、珠希が先手を打ってきた。


 確か一度だけ一緒に食事をした高校時代の友人の名前だ、と記憶を呼び起こしているとメッセージが続けざまに飛んでくる。


『――まだ誰にも言ってないんだけどね。私、最近彼氏ができてね。あ、でも今日、私の誕生日なんだけどさ。相変わらず一人なんだよね、ウケるでしょ?』


 メッセージを見て、順也は力が抜けてしまう。

 コツコツと準備してきたことが音を立てて崩れていく気がした。


『お誕生日おめでとう。素敵な歳になるといいね』


 胸を貫くような報告に、順也がやっとの思いで返したのは簡単なメッセージだった。

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