第8話


「調子に乗ってんじゃねぇ! さっきから聞いてりゃ、底辺底辺って簡単に人を見下しやがって……なにが有名人の知り合いだ! ふざけんなよっ!」


 ヒロシとユウダイが胸ぐらを掴み、睨みにらみ合っている。

 一触即発の緊張した空気に、その場にいる全員が身動きを取れないでいた。


「あの、お二人とも。今日は珠希の誕生日なわけだし、落ち着いて……ちょっと外で――」

 いつの間に近づいたのか、順也が二人の仲裁に入っている。

 外へと誘導しようとヒロシの腕を引いたとき、ユウダイのパンチが順也の頭を叩きつけた。


 鈍く、大きな音が響いて、友人たちが静まり返る。

 順也は、大きな木が切り倒されるときのように、斜め後方にゆらりと倒れて動かなくなった。


「――ちょっと、なんてことするのよ! 順也っ、大丈夫っ?」

 珠希の叫び声を聞いて、ヒロシもユウダイも気まずそうに席へと戻っていく。


 当たり所が悪かったのか、どれだけ呼びかけても順也はピクリとも応じない。

 静まり返ったままの店内は徐々に騒がしくなり、救急車を呼ぼうか、という声まで聞こえる。


 ユウダイを責める声も聞こえてくるが、それらのノイズは珠希の耳には入らなかった。

 呼吸をしていることを確かめて、心臓が動いていることを確かめる。

 気を失っただけだとしても、心配で仕方がなかった。


 カウンターからマスターが出てきて、順也を背負ってくれた。

 従業員専用のスタッフルームに運び込んで、様子を見ることになった。


 背後からは、事態を収めようとする由美子の声が聞こえる。

 五分ほどすると再び笑い声が聞こえてくるのだから、彼女のムードメーカーとしての手腕が一流だと分かる。


 そんな周りを知ってか知らずか、順也は眠ったように目を閉じたままだった。

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