バースデーには花束を

秋村

第1話

 二〇一九年、七月七日は、立花珠希たちばなたまき三十五回目の誕生日だった。

 自分の彦星がどこにいるのかも分からないまま気がつけば、四捨五入して四十歳という人生の節目に差し掛かっている。

 例年通りであれば、一人で誕生日を過ごすのが当たり前だったが、今年は友人たちに囲まれている。


 ダイニングバー『レッドラム』は、三十名ほどの人で賑わっていた。

 珠希の友人同士がお酒を飲みながらお互いの近況報告をしたり、名刺交換をして談笑している。


 お店の入り口には、たくさんの花束が設置されていて、それぞれに『誕生日おめでとう』というメッセージプレートが刺さっていた。

 開店祝いのようにも見える花束たちの行列は、珠希にとって初めての光景だった。

 贈り主の名前は書かれていないが、人生で初めて大勢の人と祝う誕生日を噛み締めるように花束を見て歩く。


「――これだけ人が集まるなんて……珠希の人徳だな!」

 背後から声をかけられて振り返ると、中山順也なかやまじゅんやが珠希に向かって笑顔を見せた。

 ジーンズのポケットに手を突っ込んで歩く姿は、昔と変わらない。


 珠希と順也は、八年ほど前に交際していた。

 結婚の約束をして、彼の両親への挨拶も済ませたことのある間柄だった。


「順也こそ、さっきまで寝てたってどういうこと? このパーティーを企画したのは、あなたでしょ? 元カノのバースデーパーティーだからって手を抜かないでよね」

 怒ったフリをする珠希に動じることもなく、順也はケロッとした様子で言葉を続けた。


「ほら……お店の予約もしたし、乾杯の音頭だってとったし、いろいろと準備があったんだから許してくれよ」


 またこうして彼と笑い合える日が来るなんて、思ってもみなかった。

 再会したときにと思ったのは、別れた理由が順也の浮気だったからだろう。


 婚約してからしばらくは、幸せだった。

 気付いたときには口喧嘩が増えて、顔を合わせるたびに言い合うようになってしまった。

 結婚のために必死に関係を修復しようとしたが、どうして不機嫌なのかも共有できずに喧嘩を繰り返す日々。

 言い合うたび、お互いに消耗していった。


 最後はあっさりしたもので、一方的に「好きな人ができた」と別れ話を切り出され、彼は振り返ることもなく去っていった。


 落ち着いて冗談を言い合うことは、付き合い始めたとき以来で懐かしかった。



「はいはい、こんなパーティーで手懐けられるとは……私も歳をとったってことね」

「そうだなぁ……俺は渋くてカッコイイ中年になったけど、お前は……」

「はぁ? どういう意味――ていうか、お前って呼ぶなっ!」

 言葉だけで見たら喧嘩しているようだが、二人の顔には笑顔が浮かんでいる。

 こんな風に笑いあえるのなら、もっと早くに再会しておきたかった、と珠希は思った。


「あ、俺ちょっとトイレ。今日はお前が主役なんだから、みんなに挨拶してこいよ。欧米スタイルで、一人ずつ握手してまわったりとかしてさ」

 順也は、『欧米スタイル』という響きが気に入ったのか、何度か繰り返し言うと店内の隅に設置されたトイレに向かった。

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