6章:望月アオヤは人狼の末裔である
第26話 諸悪(?)の根源
衝撃の展開から、数分後。
私たちは、裏路地にひっそりと店を構える、バーみたいな場所に足を踏み入れていた。
どうやら安室くんがアクロバティックに移動していたのは、手っ取り早くここに誘導するためであったらしい。
ケモ耳を引っ込め、しかし黒髪はそのままの素晴らしき姿となった安室くんには「悪いけど、能は諦めて。また連れてってあげるから」と謝罪された。が、私としては異を唱えるべくもなかった。
こちとら、この状況で観劇を楽しむ余裕はない。
この店に入ることに、緋人くんはかなり躊躇していたけど。最終的には不精不精、承諾した。
「どうしてわざわざ、お前のテリトリーに行ってやらなきゃならないんだ?」
「俺はさっき、いくらでもお前らを
渋る緋人くんに、安室くんは
「敵に聞かれる恐れがない場所で、腹を割って話をしようと言っているんだ。その場所をわざわざ提供してやろうと提案している。
ぐずぐずと立ち話をしてりゃ、せっかくあいつらを撒いてやったのに、また嗅ぎつかれるぞ。
それが何を意味するか分からないほど、お前は馬鹿じゃあないだろう?
ない頭を振り絞って多少は考えられるのは、貧弱な吸血鬼の数少ない取り柄だもんな」
元々、緋人くんと安室くんが険悪だったという印象はない。仲良しとまでいかないが、サークル活動中は至って普通に接していたはずだ。
しかし。これ、完全に喧嘩売ってない?
あと、あの、安室さん。
キャラ変わってない???
そんな険悪なやり取りを経て、店に入ってみれば。
安室くんの姿を見るなり、すかさず店員さんがカウンターから出てきて、
「アオヤ様、本日は如何なされましたか」
「急に悪いな。別室を使わせてくれ。こちらが呼ぶまで誰も入らせるな」
「畏まりました」
「それと。この二人は、客人だ。もし他の連中が来ても、騒ぎ立てないよう伝えてくれ」
「御意に」
そうして通されたのは、完全個室。
黒い壁に同じく黒い革張りのソファ、金に煌めく光で照らされる高級感漂う部屋だった。
多分、防音処置とかもされてる。だって外の音が一切、聞こえてこないもん。
これ。あれなんじゃない?
いわゆるVIPルームなのでは??
安室くん何者???
ていうか店員さんのあの感じとかも何事?
安室くん何者???
戸惑いながら、促されるままにソファに腰を下ろす。
アッやばい座り心地が天才。
駄目だこれ立ち上がれる気がしない。ここに住める。
と、私が密かにハイテンションになっている一方。
「来るんじゃなかった」
苦々しいを通り越し、いっそ禍々しいとさえ言える雰囲気で、緋人くんが唸った。
「お前。
「説明するより余程も雄弁かと思ってな」
安室くんは一人、慣れた様子で足を組んだ。
「しかし、謀ったとは心外だ。便宜の方は十二分に図ったけどな。
吸血鬼の匂いに気付く奴もいるだろうが。俺が客だと言っておけば、誰もお前らに手出しはしない」
吸血鬼、という単語に、びくりと反応してしまう。
さっきもそう言ってたけど。やはり安室くんは、二人の正体に気付いている。
それも、疑惑ではなく確信のニュアンスである。
「お前、何者だ?」
「剣呑剣呑。そんなに怖い顔をしなくてもいいだろう奥村」
安室くんは薄らと口元に笑みを浮かべ、緋人くんを見据える。
私たちの知っている、安室蒼夜という人物は。
人懐こい感じのいじられキャラで。
どこか残念な、抜けたところのある人物のはずだった。
しかしその片鱗は、今やない。
「これまでお前らに見せていた顔は、名も所属も、一つたりとも騙ってない。
俺は安室蒼夜。正式な試験、正式な手続きを経た上で、正式に法学部法律学科に、国際法研究会に所属している。
そして望月白香の元兄貴であり。
人狼の末裔だ」
外にいる時には気付かなかったが。よくよく見れば彼の目は、少なくとも日本人によくある色ではなくなっていた。
琥珀色の虹彩に、金の瞳。
まるで。
獣のような、目だった。
私は、先日の緋人くんの説明を思い出す。
満月の夜に狼へ変身するという、人狼の血を引く存在。
人狼の末裔。
普通に考えれば、にわかに信じがたい話ではある。
だけど私は、吸血鬼の末裔の存在を知っている。
それに既に、安室くんの変貌ぶりを、明らかに人間離れした身体能力を、目の当たりにしていた。
…………。
情報量が多すぎない?
なに?
生き別れの義兄(実はマジ身近にいた)と唐突に再会して?
その義兄は人狼の末裔で??
おまけにVIPな感じのポジションで???
そんでさっきは誰かから攻撃(?)受けてて????
吸血鬼の末裔との物騒な会談っぽいのが開かれようとしている感じ????
情報詰め込みすぎじゃない!?
もっと落ち着かない!?!?
どういうこと!?!?!?
「キャパ!!!!!」
アッやべ。
脳内で叫んだつもりが、うっかり口に出てしまった。
「あっごめんなさいこちらの話ですどうぞ真面目な話をお続けください」
思いっきり平伏しながら、腕を差し出す。
反射的に下を向いたから実際は分からないけど、緋人様にゴミを見るような目で睨まれている気がしてならない。
そして多分、この勘は合ってる。なんかピリピリした感じするもん。
っていうか、私ここにいていいの?
状況まだよく分かってないけど、これ、かなり緊迫&重要な局面の空気じゃない??
私めっちゃ邪魔者じゃない???
「いや。しぃちゃんを置いてけぼりにしてごめん。まずは、そこから話をしようか」
隣の安室くんが、笑いながら言った。
「エッでも重要な話になる感じだよね? こっちは全然後回しでいいんで!
というか私、席外した方がいい?」
「いいや。しぃちゃんも関わってくることだからね。むしろいて欲しい。面倒な話に入る前に、俺たちのことから話そう」
そう優しく語りかけてくれるのは、さっきの――それこそ剣呑なオーラをまとう彼とは違った、私の知る安室くんだった。
いや。これは、厳密には、普段の安室くんでもないな。
この、感じは。
「
懐かしい名でそう呼びかけると。安室くんは、蒼兄は、緩やかに破顔した。
「そうだよ。久しぶり」
「えっと。本当に、蒼兄で、いいんだよね?」
「今更。それを疑うの?」
少し、寂しそうな色を浮かべた彼に。
しかし私は両手の拳を握って、ためこんでいた疑問を列挙する。
「名前が違ったじゃん! 苗字はともかく、名前までどうして!?」
「読み方なら簡単に変えられるんだよ。漢字は昔と変わってない。仲間にはアオヤの方で呼ばれてるけどね」
「学年だって一個上だったよね!?」
「うん、もう十九だよ。今年で二十になる。浪人なんて別にざらだろ」
「いつから私のこと気付いてたの!?」
「最初からだよ」
「だったら、もっと早く言ってくれればよかったのにー!」
本当に!
勿体ぶらずにさっさとカミングアウトして欲しかった!!
なんだよもー!!!
もとい、
私の幼なじみであり。
私の初恋の人であり。
かつて私の、兄と呼ぶべき人だった。
小学校低学年の頃。私たちは、家族として確かに一緒に暮らしていた。
たったの一年半くらいだったけど。あの頃は人生の中でも指折りの、本当に本当に楽しい日々だったのだ。
もっとも、だからこそ。
喪失に耐えきれず、極力それを思い出すまいとして、今まで私はずっと封じ込めてきたのだった。
私たちを交互に見比べながら、若林くんが尋ねる。
「えっと。つまり二人は、離婚して別々に引き取られてた兄妹ってこと?」
「いや。事実上は赤の他人だよ。血縁上も戸籍上もね。
再婚の結果の兄妹だから、血は繋がってない。それに再婚とは言っても、籍は入れられなかったから、いわゆる事実婚だ。たまたま偶然、苗字が同じ『望月』だったから、周りには普通に家族を名乗りやすかったけどね」
蒼兄の説明に、ちょっとしみじみする。
当時は子どもで、よく分かっていなかったけど。
その辺のラッキーな事情があったから、多分、私たちはあの環境でもまだ生きやすかったんだと思う。周りは勝手に親族と思ってくれたからね。
「小学校低学年の頃に一緒にいたんだけど、途中で俺の父親に居場所がバレたんだ。
俺の父親は、いわゆる暴力を振るう人間でさ。俺と母さんはそれで父親から逃げてたんだよ。
けど見つかっちまったから、また俺たちは逃げた。それでしぃとは離れ離れになったんだ。
だから俺たちは家族の不仲で別れたわけじゃない。そのぶん余計に辛かったし、しぃのことがずっと心配で、心残りだったんだ。
なのに」
安室くんは、わざとらしく悲痛に歪めた顔をこちらに向けた。
「生き別れの妹と十年ぶりの再会だっていうのに、しぃちゃんはちっとも俺に気付いてくれないし」
急に話を振られて、私の肩がびくりと跳ねる。
蒼兄はわざとらしく、服の袖でよよよと涙を拭う素振りをした。
「だって! あの頃と、全然違ってるんだもん!」
「俺はすぐに、しぃだって分かったのになぁ」
「私は名前が変わってないからでしょ!」
「気付くかなと思って、ヒントでも出そうかとメガネをかけたりしたのに。俺のことを無視してるのかと思って、お兄ちゃんは悲しかったぞ」
「分かんないよ! 蒼兄、変わり過ぎなんだもん!」
改めて私は、蒼兄をまじまじと見つめる。
そうと知って見れば、確かに彼には、あの頃の面影がある。
だけど、十年だ。最後に会ったのは私が小学一年生の時だから、厳密に言えば十一年。二次性徴どころか、まだ幼児の面影を引きずっていた男の子は、あまりにがらりと変わりすぎていた。
低かった身長は、百五十五センチの私より頭一つ以上高く。
折れそうに細い体格は、肉付きよい筋肉質に。
今はしてるけど、普段はメガネもなくなり。
物静かで大人しかったはずの彼は、私より遙かに社交的になっていた。
要素だけならまるで別人だ。これで名前まで当時の記憶と違っていては、なかなか気付きようがないということは分かって欲しい。
私の記憶の中では、蒼兄は、愛らしいショタっ子のままで止まっていたのだ。
髪の毛だって、今は以前と同様、さらさらの黒髪をしているが。普段サークルで見ていたのは、ぼさぼさとした明るい茶髪だ。過去のイメージとは全然違ったのだ。
っていうか髪質まで変わってない? 人狼効果?
「昔はあんなに可愛かったのに。今じゃ萌えないだのなんだの、散々いちゃもんをつけてくるし。あの頃は、俺のことが大好きだって言ってくれてたのになぁ」
からかいの笑みを口元に浮かべた蒼兄に、おでこを人差し指でぐりぐりされた。
ふてくされながら、私は勢いに任せてまくしたてる。
「違うもんー! だって私が好きだったのは、茶髪でリア充オーラ出してた人じゃないもん!
私が好きだった
あ。
しまった。
にやにや笑みを浮かべながら、安室くんは頬杖を付く。
「そうだよねぇ。基本、しぃの好みの性癖の根源は、全部昔の俺だもんね」
「お兄ちゃんのバカーーー!!!」
思わず叫んで、赤面した私は顔を覆った。
墓穴を掘った。
墓穴を!
掘った!!
これでは認めているようなものだ!!!
いや……事実なんだけど……。
大好きだった蒼兄と離ればなれになった幼少の私は、それはもう盛大に泣き暮らした。
だけど、いくら泣いてもわめいても、蒼兄もあの日々も二度と戻ってこないことを悟ると。私はあの頃の記憶を、徹底的に封印したのだ。
それから私は、当時の思い出を忘れようと努めたのみならず。恋愛そのものから、一歩引いて過ごすようになってしまっていたのだった。
そして後々、二次元の世界に楽しみを見いだすようになった私の好みの行き着いた先は。
まあ。そういう。ことである。
「ところで、しぃ。あの約束は、まだ有効?」
「あの約束?」
「大人になったら蒼兄のお嫁さんになるって約束」
「ゴファッ!?」
冗談みたいな音を立てて、盛大にむせかえった。
飲み物とかを口にしてなくてよかった。高価なお部屋で大惨事になるところだった。
私の反応を見て、蒼兄は楽しそうにけらけらと笑っている。
く……くっそう……!
やめてくれ!
蒼兄に再会できたという事実を受け止めるだけでいっぱいいっぱいなのに!
不意打ちでそういうことを言ってからかうのは!!
本当やめてくれ!!!
「さぁて。久々に妹と遊んだことだし。
そろそろ、別の用件の方に入ろうか。お待ちかねのようだしね」
妹『と』ではなく妹『で』の間違いじゃないか? と思ったが、黙っておく。
蒼兄は私の方から、向かいに座る二人へ向き直った。
「本当は。しばらく、しぃに名乗り出るつもりはなかったんだ。
けれど。どうやら最近うちの可愛い妹に、随分と面倒な虫がまとわりついているみたいだから。ちょっと、黙っていられなくなってね」
居住まいを正した蒼兄は、すっと目を細めると。
「桜間にお前らの正体を教えたのは、この俺だ」
本心を悟らせない怪しげな色を湛え、にこりと微笑んだ。
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