第73話 ガラスの靴ってレベルじゃない
久々の実家を堪能し、東京に戻った翌日。
決戦を明日に控え、私は一人、デートの舞台となる池袋駅に降り立っていた。
決して、緊張しすぎて日付を一日間違えたとかそういうオチではない。明日を万全に迎えるための準備である。
明日は池袋駅にて集合の後、ぶらりとサンシャインシティに赴くことになっていた。私はサンシャインどころか、池袋にすらまだ一度も行ったことがなかったが、上京する前から存在は知っていた有名施設である。食べ物や服やらの各種店舗のみならず、水族館にプラネタリウムからニャンジャタウンまであるので、ノープランでぶらついても困ることはないだろう。
わざわざ前日に池袋に来た理由その1は、目的地の下見である。
当日に駅で迷い、遅刻するのを避けるためだ。
気合いが入りすぎじゃないかと思われるかもしれないが、いやいや、大都会の巨大な駅を馬鹿にしてはならない。四月にとあるサークルの新歓で、半泣きになりながら人でごった返す新宿駅を彷徨ったのは、まだ記憶に新しいのだ。
方向音痴というほどではないが、決して得意な訳じゃない。ぶっつけ本番で迷宮・池袋に挑むのは、デートじゃなくても怖いものがある。
だって池袋は、西が東で東が西とか、恐ろしい話を聞きますし。
とはいえ、それは副次的な理由である。
理由その2、そして本日のメインの目的としては。
「履いていく……靴がねぇ……」
一人暮らしの愛すべき我が家に帰ったとき、思わず口を突いて出た独り言がこちらだ。
どちらかというと、これまで恋愛に縁のなかった人間がいざデートに直面した際、悩むことが多いのは『服』だろう。
けれど服に関しては、六月に藍ちゃんに軟禁されてた時、藍ちゃんが私にいろいろ着せて楽しんでいた服が各種あった。それらの服はちゃっかり私が頂いてしまっているので、むしろどれにするかを選べるだけの数があるのだ。
だけどその時、靴は一足も藍ちゃんは持ってこなかった。
そりゃそうだ。軟禁されてる人間に靴はいらない。
……って。この一文自体がちょっと狂気じみてるんですけど。
いや、軟禁されてるなら靴はいらないですけどね。実際。
もっとも、軟禁した人間をリカちゃん人形よろしく着せ替えて楽しんでいたこととか、そもそも軟禁したことに関しては、もう思考が面倒くさいので置いておく。
サイコパスな文脈に思考が飛んだけど。
なんにせよ、私が『今』、所持している靴の内訳は。
入学式の時だけしか履ていない、今後もスーツの時にしか履かないだろうシンプルな黒のパンプス。
定番どころの、コンバースの白いスニーカー。
ゴミ捨ての時とかコンビニに行くときにちょっと履く用の、クロックスに似たノーブランドのサンダル。
終了。
……華がなさ過ぎる!!!!!
いやね。
弁解しておきますよ。
そう、覚えている方もいらっしゃることでしょう。
八王子事変の時に、蒼兄からそれこそ良い感じのパンプスを買って貰っていることを。
そう!
履きやすい上に!
デザインも素敵な!
いい感じの靴を買って貰った!
実家に忘れてきた!!!
自分バーーーーーカ!!!!!
行きはね。こちらのパンプスを履いていったんですよ。
で、実家へ帰省中に、新しいスニーカーを買いまして。それまで履いてたやつがだいぶボロボロになってたからね、履きつぶしたやつの代わりにね。
で、基本いつもは動きやすさ重視の服装をしておりまして。
ボトムはもっぱらショートパンツとかクロップド丈のパンツだし、普段は圧倒的にスニーカーを履くことが多いわけでして。
帰省中だってもちろん、そんな感じなので。
で、いつものノリで、普通に新品のスニーカー履いて帰ってきました。
パンプスは今、実家の玄関にあります。
くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
本当はもう一足、元から持ってたパンプスもあったはずなんだけど。軟禁された時のどさくさで、行方不明のままなんだよなぁ。藍ちゃんにずっと聞きそびれてた。
なんにせよ。
どうあがいても、現在の私の手持ちのラインナップは前述したとおりで。
まともに外に履いていけるのは、スニーカー一択だった。
ただ、デートともなりますと。
普段の格好に、いつものスニーカーを履いていく勇気もないといいますか。
瑠璃と話しながら、ちゃんと心を決めたつもりですので、ガワから気合いを入れたい訳なんですよ。
別に、スカートとかワンピースが嫌いなわけじゃないしね。
そんなわけで。
本日の主目的は、明日のデートに向けていい感じの靴を手に入れることである。
家の近くで買っても良かったんだけど。
池袋駅からサンシャインまでは、多少は歩きそうだったし。慣れない靴で行くことになるわけだから、歩きやすさとデザインの兼ね合いとか、どんな靴がいいのかも悩ましいし。
なら下見もかねて、池袋で入手しようと思い至ったわけなのだった。
噂通りに池袋駅は、なかなかの迷宮ぶりではあった。しかし時間の制約がないぶん、心に余裕があったせいか、さほど困らずに切り抜けられた。
確かに西が東で東が西だったわ。誰だよこういう仕様にしたの。
あらかた駅をうろついたところで、東口を出てサンシャイン方面に向かう。
パルコとか、駅からすぐに行ける店はあったけれど、目的地まで歩いておきたいところだった。本日はスニーカーだからともかく、慣れない新しい靴で歩くとなると、距離感も知っときたいし。
事前にリサーチ済みだったこともあり、最初に向かう方角さえ間違わなければ、あまり迷う要素のない道である。途中まではほとんどただ真っ直ぐ行くだけだ。
なので道に迷うかどうかはあまり気にせず、雑多に人が行き交う広い道を、完全に物見遊山できょろきょろ見回しながら歩いていると。
「ひょえッ!?」
見知った人物の姿が目に入り。
私は一人、変な声を上げてしまった。
淡いグレーのニットボレロに、涼しげな薄紫の小花柄のロングワンピース。
相変わらず楚々とした佇まいのそのお方は。
「あれ、望月さん?」
相手もこちらに気付いて顔を上げる。
私同様、偶然の邂逅に驚いた表情を浮かべているのは、先日から同じサークル員となった
改め、
……えっと。
いや、うん。
そこじゃ、ないのだ。
確かに、学校から離れた場所で友人知人と偶然会うというのは、驚くポイントではあるのだけれど。
私が驚いているのは。
そこじゃ。
ない。
「あの、桃子さん。それは、まさか」
挨拶もそこそこに、驚きのまま疑問が口をついて出る。
その直後に、しまったと思った。見ないふりをしてスルーしてしまう方がよかったんじゃないかと、冷や汗が背を伝う。
だが桃子さんは私の反応に、やんわりと笑みを浮かべる。
「私も。そのうち、望月さんと一対一で、お話ししたいと思っていたの」
そう言うと、桃子さんは更に笑みを深くした。
妙に、意味深な含みをもたせた笑み。
彼女の言葉と表情に、いよいよ私は確信した。
「望月さんの端々の言動とか、他の人からの話を聞いてて。もしかして、そうなんじゃないかと思ってて」
桃子さんの手に握られていた青いもの。
それは、紛れもなく、
「もしかして。
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